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2019年12月の記事

居場所をつくる/飲酒欲求

寝起きすぐから酒が飲みたいとか
寝落ちするまで飲み続けるとか
シニタイの嵐が吹き荒れるとか

いったい何年やってるのだろう。

毎日ではない
波もある
それでも、なくなりはしない

単純にお酒が好きなのとか
ほろ酔いがたのしいのとは
あきらかに違う逃避としての飲酒

ゆるみたいがゆえだったり
退屈しのぎだったり
空腹を紛らわすのだったり

酒以外でも可能だと知ってはいるが
プルタブを開ける方が早くてつい頼る

そうして頼りすぎると、あとがツライ
肉体の不快さ、ケアの手間、酒代…


改善策として1ヶ月ほど前から
なるべく夕食前に入浴することにした

仕事から帰って缶をあけて
空腹を紛らわせながら
夕食を作っているうちに
すっかりいい酔い具合になって
食後すぐ(しかも酔ってる)の風呂を避けるべく
待っているうちに眠くなりアウト

このパターンを打破すべく
オットが空腹だろうが
(どっちにしろお菓子を食べる)
風呂掃除が多少めんどうだろうが
とにかく、まず、風呂。

風呂を入れている間
そしてオットが入っている間に
夕食の支度のとっかかりは終わり
風呂から出たあとの続きは気も楽で
酒量も増えずに済むことが多い


それでもやっぱり

寝起きすぐから酒が飲みたいとか
寝落ちするまで飲み続けるとか
シニタイの嵐が吹き荒れるとか

そんな日はやってきて

これはなくならないのか
これは私のものなのか
どうしたものか…


考えていた冬至の朝、ふと
なくそう消そうとするのでなく
付き合ってみようと思った

飲酒欲求や、シニタイの声は
赤ん坊でいえば
「かまって欲しくて泣いている」状態だろう

空腹なり退屈なり不快なり
その理由はどうでもいい

泣いているところへ
黙れとばかりに
哺乳瓶がわりの酒を渡すのでなく
ただ、一緒にいてあげたらいいのだ


具体的には
「変なふうに」飲酒欲求が出たり
シニタイつまらん退屈だと内側が騒いだら
身体のどこにそれがいるのか探し
その”感じ”と一緒にいる
愉氣をする

しばらくそうしていると
ふっと身体がゆるみ
あったかくなったりもして

これならば、その場ですぐ出来る。
しばらく続けてみるつもり。


男と女はべつの生き物

整体的な見地からいえば


人間の男と人間の女より
人間の男と猿のオスの方が
近い存在である

っていう話が載ってたのは 男本だったっけ?

わたしは子どもを育てていないので
だからこそなのかな
オットや実父や義父を見るにつけ
ほんとーーーーーーにべつの生き物だなと
しみじみ思うことが多々ある。

いまだに実父に対して
「なぜそう出来ないのだ」
「なぜそこに気づかない」
などと言ってる実母は
逆にすごいというかなんというか

実父が不在がちで
男兄弟がいなかったこともあり
結婚してオットと暮らすようになって
はじめはいろいろびっくりして
(20年近く経ったいまもたまにびっくりするが)

わたしに見えてるものが見えてない
聞こえてない、気づかない、考えてない
でもそこに悪意はない
・・・そのことに気づくまでに何年かかったかな

悪意はない

ただ、「あろうとする姿」が違うのだ
こうだったらいいよね
こうでありたいよね
っていう
セルフイメージが全然違う

そりゃ出来るようにならないよね
なるつもりがないんだからね

でもって「悪意がない」からといって
それが許されていいわけでもない

一緒に暮らしている以上
お互いの「心地よさ」への配慮は大切だ

女が男に怒るのはさ
いや、男女関係なく
ヒトがヒトに怒る時は
みんなそうかな

だいたいこの
「配慮されてない感」のような気がする

なんども言ってるのに
なんどもお願いしてるのに
なんで!なんで!!やってくれないの!!!!!

→ わたしのことなんかどうでもいいんでしょ!!!

はたして、そうなのかな?
そこ、疑えるといいよね。

 

 

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