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2020年8月の記事

ハリボテの安定

迷ったら
とりあえず
なんらかに決めて
次へ

そうやって
さくさく進むなり
のんびり休むなり

してきたのは
それがラクだったから

ここへきて
ラクが過ぎて
内乱勃発なかんじ

感情にハマらないとの
ないがしろにするのは別

腹周りの贅肉は
ケア(愉氣)の足りなかった
感情エネルギーの成れの果て

ブレを避けたら
安定する

腹周りの贅肉は
物理的な安定のあらわれで
防御壁、防波堤でもある

感じないように
揺れないように

不安定を嫌って
心を鬼にし過ぎ
鬼、多用し過ぎ

安定してるようで
ハリボテに過ぎない
不自然な安定

陶酔

感情の揺れ以前に
わたしが回避していることがある

陶酔

陶酔することは
恥の気持ちが強い

陶酔されることは
居心地が悪く逃げ出したくなる

相手を染めるとか
染められるということでもあるし

自分に酔うとか酔わせるとか
没入するなんていうのも
それに類される


子どもの頃、ごっこ遊びが好きだった

みんなでその世界を楽しんでいるはずが
いつの間にかわたしだけ
完全にそっちに行ってしまって

引かれた記憶が、数回ある


十中八九、わたしは陶酔が得意なのだ

けれど、それを良しとしない自分もいる
周囲の目 に投影される、客観性や公平性

獅子座MCと天秤座ASCのせめぎ合い

万が一わたしが役者にでもなったら
役にのめり込みすぎて
現実に戻れなくなるタイプだろう


陶酔は回避しているが
嫌いなわけではない
むしろ好きだと思う

心地よい。
現実逃避として最高。
そこに追従者なんかいたら
そりゃあ木にも天にものぼるだろう

けれどもその危うさを
本能的に感じ取っているから
踏みとどまっているのだと思う

酒に酔っているくらいが
ちょうどいいのかもしれない





感情の揺れ回避と贅肉

温泉で久々に体重を測ったら
案の定(見た目通り)増加

おそらく食べる量の問題ではない
飲酒量は影響ゼロではないだろうが
メタトロンによれば各臓器はそれなりに元気

運動は確実に足りていないだろうと
1〜2年いくらか運動量を
増やしたけれど
ほとんど変わらなかったし

たぶんそういう
わかりやすいことではない
もう少しエネルギー的なこと

この防御壁のような贅肉は
なんなのか減らせるのかと
湯に浸かりながらぼんやり考えていて
思い当たったのは
 
感情の揺れをもっと体験すること(表現すること)
 
近年それを回避する傾向にあるのは自覚している
感情が揺さぶられそうな映画や本には
なるべく近寄らない。みるときは覚悟する。
余波が長引いて日常に入り込むのが嫌だ。

でもそうした揺れこそが
地球ライフの醍醐味のひとつだろうとは思う
エネルギーを消耗するのにうってつけ

感情の揺れが嫌で
現実もフィクションも極力回避して
あげく退屈だつまらないとぼやく

どんなに頑張っても回避不可能な
大きな揺れに、備えている感じもある

備えてばかりいないで
意図的に揺さぶっておくのもいいのではないか
免疫をつけておくためにも

感情の揺れに対して
すっかり臆病になり、億劫になっている

”成功しそれを維持するためには”

成功しそれを維持するためには
誠実であり続けること。
誰も見ていないところでもそうあり続けること。

真実
誠実
謙虚

真実は、隠すものがない人になれということです。
カメラの前で出来ない言葉や行動は、カメラが無い場所でも絶対にしないでください。
気をつけようと考えないで、気をつける必要がない立派な人になってください。

誠実は、自分との戦いです。
自分自身に鞭を打って歌の練習、ダンスの練習、音楽の勉強などをずっとしていたら、それが積み重なって、君たちの夢を叶えてくれます。
才能が夢をかなえてくれるのではありません。
過程が結果を作って、態度が成果を生むからです。

謙虚は、言葉の謙虚や行動の謙虚ではなく、“心の謙虚”を意味します。
隣にいるみんなの短所ではなく長所だけを見て心から感謝すること。それが謙虚です。

 

パクジニョンさんの人間性が素晴らしすぎる

https://ameblo.jp/evakona-diary/entry-12620358083.html

 


できる範囲でそれを心がけて
その結果、自分の現実が『成功』に見えなくても

それが現時点のわたしに任されたポジション
わたしの器ってことなのだろう

そしてまだまだ伸び代があるということでもあるのだきっと

メッセンジャーきたる

だれに
なにを
どう伝えたいのか
伝えたかったのか
伝えたいと思っているのか

わからなくなって
ぽかんとしてたら
ちゃんと、使者がきた

しし座の新月だものね

ありがたいなあ


【新月】2020獅子座新月★新たなる希望

https://ameblo.jp/light-side/entry-12618465606.html

新月と共にある水星は、外の世界の様子を探り、必要な技術や知識を手に入れて、自分の望みをいつどのようなタイミングで、どんな風にできるのかを伺い、実行することを助けてくれます。

日常生活を示す3ハウスに木星・土星・冥王星が入って、これまでの常識やパターンがもう通用しないこと、今まで当たり前だと思っていたことが見直される時だと告げています。

それは6ハウスの司る職場での働き方、学校での学び方、日常を管理する家事や、健康を管理する病院などに及び、私たちはウィズコロナ時代の新しい様式や方法を柔軟かつ進化した形で創り出す必要があるのでしょう。

創造の時間です。

獅子座を象徴するキーワードは「I create.私は創る」

今の自分にできることを。

新しいやり方を。

自分自身の人生を。

アイドルと引力

アメブロに
かーくんが登場

そこから情報を追っかけて
新曲きいたり、宣伝トークみたり
むかしの曲をググったり
追っかけるのをやめたあとのライブ映像みて
こんなちゃんとかっこよかったのか!と思ったり
(いい時代だな、ありがたい)

そんなこんなでここ数日
たびたび、脳内ジャックされている

これぞアイドルのちから
ファンタジーの引力なのだなと
まざまざと感じさせられる

いまこのタイミングで
かーくんと出会いなおす
その意味を深読みしながらも
深追いはしないでいる



心配無用、やりたいことを

困っている人
生きづらい人
しんどい人
変化を求める人たちに

可能性を提示したい
解決策を渡したい
”いい情報”を伝えたい

そういう動機では
もう動けないなあ

やりきってはいないけど
もうそこじゃない感じ

その”感じ”だけがあって
次が見えてこないこの数ヶ月

日本教育システムへの懸念も
ここは任せておいて!と
当事者に言われたような(前記事

何も、どこも、心配いらないのだきっと

解決すべき問題もなければ
救うべき人もいない
地球は今日も健やかで
未来はなるようにしかならない

さて、それで、なにをしようか

わたしはわたしを満たせばいい
それはわかっているけれど
なにで満たされるのかがイマイチ
満たされてもすぐ減ってしまうし

・・・そもそもわたしは
満たされきっているのだとしたら?

やりたいことなど
特にないのも仕方ないか?

日々のたのしみは
増やしたい

なにがたのしいだろう?
他者の存在ありきでないものがいい

「私たちが日本の教育を変えていく」

 

中2で起業、高1で母校買収した慶応生の正体
仁禮彩香「私たちが日本の教育を変えていく」

東洋経済education×ICT

https://toyokeizai.net/articles/-/367260

 

日本教育システムへの違和感を、
こういう形で具体的な活動につなげることができる
彼女のしなやかさと、それを可能している今の社会にハッとする。


わたしが違和感を持ったのはいつだったのか。
現役時代は馴染んだり受け入れたりする方向で必死だった。


若いのにすごい、と思いそうになるけれど、
きっと現役だからこそできる/わかる部分もあるのだろう。


40代になって振り返って言えるのは
10代の気力体力は無尽蔵。
世間のしがらみも染み付いてない。
なんて鮮やか。
そして本当に、頼もしい。


自分に必要なもの
自分が求めるものを
形にする力。
それを信じられる強さ。


そうしたものは若いうちの方が
ずっとずっとパワフルなんじゃなかろうか。
もちろん大人には大人のやり方があるわけだけれど。

何が言いたいかというと


若い世代のために、なんて
ほとんどが余計なお世話なんだきっと。

牽引するのは当事者。

大人にできるのは、それを邪魔しないこと。
適切なサポートをすること。
社会とのツナギ、潤滑。
可能性の提示、拡大。


なにより、あきらめてしまわないこと、だろうか

 

 

チキュウッテタイヘン

北東側の台所と洗面所の
網戸に埃が溜まっていく
この家は風通しの良さが魅力だが
南からの風が増える季節は
1〜2週間に一度は網戸を拭かねばならない

ねばならない、ことはないのだろう

気にしない人は気にしないし
気になってもスルーできる人もいる
実際うちのオットは拭いたことがないし
気が付いているかどうかもわからない

何もしなくても
日々が経過するだけで
埃が溜まっていくというのは
いったいどういうことなのかと
時々、ひどく理不尽に感じる

もちろん
何もしなくても
というのは正確な表現ではなく
日々ここで暮らし窓をあけ風をあび
ご飯を作って食べて布団で寝ている
けれども
埃が生じるような
特別なことはしていないと思う
たとえば布や綿を扱うとか
いや布団は上げ下げしてるな
うーん特別ってなんなのだろう

ともかく
何もしてない
=ただ暮らしてるだけで
こんなにしょっちゅう
網戸に埃が溜まり
床にも細かなゴミが増えて
毎日のように掃除機をかける
これは理不尽でなくてなんなのだろう

世間ではこのことは
あまり疑問として取り上げられている気配がない
そういうものだ、という前提で
ルンバだのなんだの便利な電化製品が開発される

自分の感覚としては
網戸や部屋の隅に埃が積もるのも
髪が抜け落ちて床にあるのも
なんなら空腹で何か食べたいと思うことだって
まったく持って面倒臭い

なぜ爪は伸びるのか(痛んだ時のため?)
なぜ新陳代謝があるのか
そこにかかる手間以上のメリットがあるのか
どうもよくわからない

これまでに何度か断食じみたことをして
普段いかに食にまつわることに
思考と時間と労力を使っているか・・・
それはもうナンセンスでしかないのだけれど
(だって不食で生きることだって可能なのだどうやら)

そこに思考と時間と労力をかけなくなったところで
他にやりたいことがあるでもなく
ただもて余すだけなのである

こういうところに
疑問を感じる人と、感じない人の違いとは
いったいなんなのだろう

地球って、人体って、めんどくさいなと感じるのは
そうでないナニカを知っているからなのか
それとも。なんなのだろう。


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