カテゴリー「みえないもの」の記事

セッション、アイテム感想とか

パワーストーンを持つ心理

わたしは天然石、パワーストーンの類に興味がない。
きれいだな、かわいいな、とは思うが
ブレスレットは重たいし
波動の影響とか浄化されるとかの感覚もない。

周囲のひとがあまりに関心をもっているので
持てばわかるかといくつか所有しているけれど
やっぱりわからないままである。

だからといってパワーストーンに
なにも力がないとも思わない。
物質はそれぞれ固有の波動、周波数をもっているはずだし
それに感応するひとには、効果があるのだろう。
わたしも気づかないだけで感応していないとも言えない。

「願望成就」だとか「女性性アップ」だとかの
設定、意味付けがされたものなら
それを持つことはそのテーマに
意識が向かうことを助長するだろう。
つまり愉氣装置であり、現実化を促進する。
そうした設定をじぶんが信頼するひとがしているとなれば
意味合いはさらに強くじぶんに働くだろう。

具体的にはどんな作用をするか分からない
天然石などのアイテムを買う心理とは、なんだろう?

それを持つことで
現実や体感覚になにが起きるか?意識すること
持ったあとに起きたことを
しっかり吟味し
意味付けし
変化を見出すこと
それを所有したじぶんへの安心感と期待

ふるくからあるお札やお守りと本質的には同じで
かたちのない、たとえばヒーリングなどに
対価を支払うのも同じかもしれない

ヒトは刺激と安心を求めている
刺激がなければ安心がないと思っている
刺激がなければちいさな変化に意識を向けることが難しい
相対的な、二元感覚

いまの世界で「ビジネス」といわれるのは
その刺激欲と安心欲にじょうずにアピールすることだ

刺激とはインパクト
高価格だったり入手方法が困難であるほど
ひとはそこに価値を見出す

刺激を求めるひとたちがいる以上
そうしたビジネスが消えることもないのだろう
その延長線上に、あるものは… 書かないでおく。

領域と質感

肉体領域は、コットンクッション
意識領域は、ビーズクッション

そばがら
パイプ
綿
羽毛
ビーズ

クッションから枕まで含めたら
それぞれの良さがあり
たたいて埃が出るのもあれば
中身がでるのも
手応えのないのもある

人間は、ヒトガタクッションのようだ。

ビーズクッションが
重力のある世界で
自立歩行するのは
なかなかに大変である…

それぞれの素材
それぞれの領域
純度をあげていく
それがいわゆるアセンション

ビーズクッションは
混入物を見つけるのも
一筋縄ではいかないが
それにはそれのやりかたがある

宇宙ゲート

ど真ん中にはいり
真理を両手から放つと
宇宙ゲートがひらく

外宇宙とのパイプ開通

重力を断ち切る
無限とつながる

思いは重力
真理に思いは無い

いちばん言っちゃいけないこと
恥ずかしくて恐れ多くて
とても言えない

ありきたりで
ありふれてて
たいしたことなくて
こんなんでいいの?って拍子抜けする

それこそが、そのひとの鍵。




自我が強く目醒めていくほどに、わたしたちは自己存在の中心と強く深くつながって、「こうでありたい」と魂が求めている、自分に近づいていくことができます。

(中略)

もし、すべての人が自我に目醒めて、自己存在を中心においた生き方をはじめたとしたら。

世界から戦いがなくなり、共存共栄の道が拓けるかも知れません。

奪い合うことよりも、分かち合うこと。

支配したりされたりする力の世界ではなく、全員で紡ぎ上げていく共同創造の世界。

そういったものがやってくるのかも知れません。


小泉マーリさん
2016春分☆信念を貫き、実現する
http://ameblo.jp/light-side/entry-12140067321.html

チームで考える

なにかがざわついていて
ちっとも入力業務に集中できない日

今日はちょっとひどいなあ
らちがあかないなあと思ってたら

おひるにチャットした会社員Yちゃんも
集中できないとは感じているという。

Oちゃん魂語アワーやってくんないかなあ。
リクエストするか?なんて言っていて

ふーむ。
Sちゃんを見習って
がっつり愉氣の時間をとるか?
はて・・・・ と考えたら

そーだ。
たまたま今朝
ひさびさにメッセしたRが
鎌倉にぷらっと行ってくると言ってたぞ。

そーか、そういう配置なのね!
勝手に解釈して
Rに向かうように意識したら
ほんとにしずかになった・・・

チーム単位で考えると便利だなあ。

いままでわたしが
ぷらぷら時間を確保されているのは
ヘルプデスクポジションだから。
だから遠慮なくいつでも声かけてね。
って思ってたけど
わたしも、使っていいんだよなー。


今日のざわつきは
冷たい雨から一転しての
晴天にくわえて
確定申告締め切りの日ってのも
もしや関係してるんだろか・・・

エンパスの利用法

だれかの思いに共鳴することを
拾う、といったり
憑かれる、といったりする。

だれか、は
知っているひとだったり
身近なひとだったり
見知らぬひとだったり
かたちを持たないものだったりする。

そうした思い、エナジーを
じぶんに取り込んでは
成仏させたり
切り離したり

たくさんのひとが
多かれ少なかれ
日常的にやってること。

それを意識的にやれば
より、効果的になる。


取り込むのは
じぶんのため。

毒をもって毒を制す。

無意識的にであれ
日常でショウカしていても
すこしずつ溜まっていく澱のようなもの

それが共に吐き出される。


ワークショップやグループセラピーで
複数人でやってシェアできると
また違う気持ち良さがある。

ヨロコビがヨロコビをよぶ。

結婚とエンパス/憑依

前記事で書いた、結婚の本質

パートナーという他人を、自分ごととして、
まるっと引き受けること は

つまり、パートナーシップの本質であり
自分と他者 の 関係性全般に
言えることのようにも思う。


それはひいては
みえない存在に対しても
言えることかもしれない。


わたし自身が数年前に
わたし由来とは思えない
男言葉が腹の底から出てきた経験があり

それはのちのち
どうやら、父の無念ではないかと
思うに至ったのだけれど

エンパスやHSPを自認するひとであればなおさら
身近なひとが抑圧している感情や衝動を
じぶんのものとして抱えていることは多々あると思う。


ここではないどこかに逃げたい、帰りたい願望なんていうのも
ショウカされずにただよっている誰かの感情かもしれない。

たとえば丁稚奉公、身売り、出征、疎開、出稼ぎ、単身赴任、、、
言葉にすることはおろか、思うことすら
みずからに禁じてきたひとは多かっただろう。


そうしたものを
みずからに取り込んだ目的はなにか。

それをショウカすることに
自身のメリットがあるはずだ。
(アタマはそれをメリットとは呼ばないとしても。)


じぶんのものではないと切り離し、
他者へ任すことで、胆力を鍛えたり

じぶんが引き受けることで
あらたなちから、可能性を得たり


使えるものは、使えばいい。
使われるために、それは、ここに来ている。


そんなつもりではなかった。
なにかの間違い。などと
言い続けたところで
それがすでに起きているのならば

それは、じぶんに与えられたもの。

「じぶん」の未来のために、ここに来たもの。

逃げ腰でいたら消耗するだけ。
どんなに厄介なものにみえても
まごうかたなきギフトのはずだ。

地に足つけずに生きる

地に足をつけたらしんどいなら
つけずに安定していられるよう
体幹を鍛えたらいい。

つけずに安定とは
揺れても戻ること。
ぶれに気づいて
修正できること。

地に足をつけなくちゃ、って
頑張ってるがゆえに
身体に肉をつけて守ったり重くしたり、する。

同様の役割をしている「こだわり」
成績優秀でいたい、とか
人気者でいたい、とか
定収入がほしい、とか
いろいろありそうだなー。

同じでありたい。
普通でいたい。
「仲間」アピール。

それを捨てて
ほんとうに欲しいものだけを
取りにいく。

重心=絶対的安心は、未来にある。

効果(影響)の始まり

料金を支払った時から
効果(影響)が感じられる

というのは
じつは
料金支払いでなくても
起きていることである

そこへ、意識を向ける

その日時や内容に
エネルギーを注ぐ

記憶にとどめる
(忘れたとしても)

そんなふうに
流れが生じたとき
すでに動き出している

そこへ向かって
なにかが流れ込む

意識のちからを
日常的に使っている人ほど
それは、あたりまえに、起こる。

いちど関わると
そのつもりがなくても
引っ張られる。

連動する。
響きあっている。ずっと。

そしてそれはそもそも
常に起きていることで

意識を向けたから
意識にのぼるだけのこと。

傷は癒えた。

前提の書き換えが完了した模様。
わたしひとりの、ではなく
集合無意識レベルで。

それを肉体に落とし込むのに
バーズ(R)は有効。ショートで十分。


わたしはいつも
「なにはなくともしあわせ」だから
さしせまった状況にならずにきた。

他者に確認しながら
自覚を深めてきた
その響きを、コピーしていく。


フルバーズがよいひと
フルを何度かやるとよいひと
それぞれ、いることはいるけれど
わたしと相手の直感で分かるはず

わたしのバーズでなくていいし
バーズである必要もない


未体験のことをする。
オルゴナイトをつくるとか

どうやってつくるか、とか
その後どうするか、とかは
重要ではない。


この世にうまれてから
冷静に振り返ってみれば
いつだって、ひとりではなかったのに

ひとりにされること
「例外」として切り離されることを
極端におそれる傾向があるひとたち(わたし含む)

集合無意識にある傷ゆえに。

その傷の修復が完了した。


例外として切り離される恐れは
例外を取り込むちからを、弱めていた

これから先は
「自分」の想定を書き換えながら
「自分」を拡大しながら、進んでいく


孤独と手をとり
「自分」を歩く勇気

どんな「自分」であろうとも
みずからを肯定し、信じる胆力

「自分」を取り込んでもらうべく
コミュニケーションの創意工夫をかさねる知恵


傷は癒えたので
いままでよりずっと
やりやすい



以上。夢うつつのインスピレーションメモ

heaven is a place on earth

海底と天をつなげる

というのはつまり
それは同じものです。
と、告げることだったりする。



”深く重い領域の(だと本人がカテゴライズしている)事象を、
ふっと軽やかに開く何か”

”「軽さ」と「孤独がやわらぐ」
そこに他人にはない個性の香りがする!”

わたしについて
友人たちの言葉より引用。

わたしが孤独を消さないのは
孤独こそが
いちばん愛しいもの
ヒトそれぞれの輪郭だと思っているから。


それゆえに孤独なのだけれど
それゆえにつながれる。


孤独を消さない、どころか
際立たせることも、多々あって

そのひとだから歩める道へ送り出す。

そのひとにしか感じられないものが、そこにあって
それが、なんとしても、必要だから。


一人乗りのカプセルUFOにヒトを乗せて
起動スイッチを押す係が思い浮かぶ。

魂を地上に送り出す係のひとは
こんな感じなんだろうか。


みんなそれぞれに
孤独なんだと知ったとき
孤独はやわらぐのかもしれない。

そしてそれは
一人乗りカプセルに
乗ってはじめて
わかるのかもしれない。



”地球に来た天使の世話役”

”ルイーダの酒場なんだけど、
武器も道具も、
何だったら一番良い回復方法すらも提供する”



だから、安心して、飛びまわるといいよ。

起動したあとも
会えるときには会えるさ。

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