カテゴリー「みえないもの」の記事

セッション、アイテム感想とか

実体のない存在、肉体をもつ存在

肉体という制限のない
実体のない存在のほうが
よほどパワフルで
ミラクル(想定外) なのだから

やれるだけのことは
やっているのなら
不安も心配も
彼らにあずけてしまえばいい

すでに亡くなった家族や親戚
神様仏様天使精霊龍白狐聖人

実体のあるものたちが
最優先にやるべきは
実体があるからこそ出来ること

五感をたのしむ
達成をたのしむ
喜怒哀楽をたのしむ
ミラクルをたのしむ

肉体という制限ゆえの不完全さ
くるしみ、切なさ、やるせなさ

肉体という制限ゆえの
選択の貴さ、行動の重さ

それらをあますところなく
全面的に味わうこと

身体ぜんぶを震わせて
よろこびをかみしめること

歓喜と感謝が
この肉体を鳴り響かせる
その響きこそが甘露
実体のないひとたちへの最大の恩返し


たとえば親の健康、親の生活費、親のさみしさ、親の・・・
それらを持ち出して
じぶんを制限することは
社会的には親孝行でも
ほんとうのところでは親不孝でしかない

制限を手放すために
工夫をする
智慧を求める
可能性をあきらめない
そのための制限である

相手が困らないように苦しまないようにと
こちらが苦しみ続けていては本末転倒
相手の可能性を奪っているだけ

「できる」「なんとかする」
自己犠牲による現状維持は執着
おおきな流れをせき止め
ちいさな世界に自他を閉じ込める
苦しさとひきかえに
安心と自己満足を得る
独占欲も満たされる

そのままの自分と相手を受け入れ
弱くて強欲な自分をさらけだしたとき
つぎの扉がひらく
他力を招き入れる
実体のない存在も動きやすくなる


実体のない存在は
実体のあるものを
最大限尊重するから

口先でどれほど求めていようとも
行動が変わらない限り
求めていると認識されない

受け入れ体制ができていないところに
ミラクルは流れこまない

ミラクルが起きたら動くのではない
なにも起きないかもしれなくても
損して傷つき恥をかくとしても
動き出すこと
それ自体が
その流れにいる前提として機能する

実体のない存在
おおいなる流れとの
共同創造
スイッチを入れることができるのは
実体のあるものだけ

そこに生じる不安や心配は
実体のないものたちの、はからいに委ねる


やれるだけのことをやり
じぶんにまっすぐであればあるほど
実体のない存在のはたらきや
起こる出来事、展開を
見守る胆力が育つ

じぶんに嘘がないならば
報われるわけがない
助けられるわけがない
そんな価値はない、などと言う気もおきない
すべてを信じ委ねることも容易い

人事を尽くした上で起きることは
なんであれ、天命なのだと
罰があたったのでも
見捨てられているのでもなく
ただ、そういうものなのだと
いつか分かるのだと
あきらるほかない

その状況からまた学び
自分の真実を確かめる

手つかずのことがないか
動かすべきことはないか
待ちの姿勢になって
先送りしていることがないか

「あれがこうなったら、動く」
「これが分かったら、そうする」
そんな取引は通用しない
本気度が低いとみなされるだけ

実体のない存在とは
互いの役割
得意不得意をふまえ
甘えや依存のない
対等な関係性でいたいと思う

どれだけ心がけたところで
相手のおおきさに
敵うわけはないのだから
あまやかされているのだから
せめて、自立の意気は保っていたい

なまあくびと自働運動

寝起きからずっと
なまあくび連発

仕事に集中できず
SNS(集合意識)にばかり気が向く

昼過ぎても止まらない
さすがにこれは
普通ではないように思え
ググったら、霊的存在の可能性

思い当たりがある。

こんなときは
自働運動、瞑想、呼吸法

そして窓をあけて
空気を入れ換えつつ
お香を焚く。

落ち着いた。

個人的な未完了のプロセスを
他者や事象をつかわずに
プロセスさせるにも
自働運動は最適だと、あらためて。


※未完了のプロセス云々は
小笠原和葉さんのブログ記事から。


すっかり下火のバーズ(R)

アクセスバーズ(R)
ふと周りを見渡せば
すっかり下火になっていて
そこへ突如躍り出たSS健康法もあり
もうなんだか前時代の遺物みたいに
なっているかんじも受ける
けれども
相変わらずわたしは
バーズが気に入っている。
オリジナルお手当の
ヘッドタッチチューニングでも
似たことはできるのだが
やはりそれとこれとは別物であり
それぞれの良さがあり
相性もあるだろう。
なにが、とか
どうして、とか
文章化するのは
かつて試みて
ブログ記事もあげていて
しかしきりがないので
無料ガイダンスを始めたが
需要があるのかどうかは
よくわからない。
メンテナンススペースとして
看板を掲げてはみたけれども
これまでの利用者は数えるほどで
副業だからそれでいいとはいえ
そもそも本業にするほどの情熱はなく
かといってやめる理由もなく
わたしのバーズは受けたい とか
いつか受けたいと思っていた とか
言ってくれるひともいるので
ひっそり看板を出し続けていれば
それでいいのかもしれないし
どこかで奮起する可能性も
ないとはいえない。
バーズを習得したひとは
家族や友人に施術してそれきりか
あるいはメインのツールに並べる
ひとつとしているか
バーズファシリテーターになり
さらにアクセスコンシャスネスの
他のクラスにどんどん参加するかで
バーズしかやらないという人は
あまり見かけない。
しかしわたし個人的には
バーズのテキストに書いてあるとおり
アクセスコンシャスネスの
最初にして最大のことが
バーズには詰まっていることが
よく分かる(と感じる)ので
そしてそれは
とても本質的であり
つまり適応範囲のひろいものなので
バーズで十分だと思っている。
バーズを教えてほしいという声も
時折もらうが
講座のあの手軽さだとか
説明の曖昧さだとかに
不完全燃焼感を抱くことが
手に取るように分かるので
踏み出さずにいる。
もちろんその広め方にも良さもあって
一度は受けると良いとするならば
簡単な講座は最適だし
エネルギーワークに縁遠い
「一般人」である家族や友人を
巻き込める可能性も大きい。
バーズというツールの良さも
バーズをたくさんするうちに
いつか分かるかもしれない。
しかしわたしがバーズを語る以上
そんなことでとどめたくはないので
つまるところ
バーズファシの適性がないのだと思う。

パワーストーンを持つ心理

わたしは天然石、パワーストーンの類に興味がない。
きれいだな、かわいいな、とは思うが
ブレスレットは重たいし
波動の影響とか浄化されるとかの感覚もない。

周囲のひとがあまりに関心をもっているので
持てばわかるかといくつか所有しているけれど
やっぱりわからないままである。

だからといってパワーストーンに
なにも力がないとも思わない。
物質はそれぞれ固有の波動、周波数をもっているはずだし
それに感応するひとには、効果があるのだろう。
わたしも気づかないだけで感応していないとも言えない。

「願望成就」だとか「女性性アップ」だとかの
設定、意味付けがされたものなら
それを持つことはそのテーマに
意識が向かうことを助長するだろう。
つまり愉氣装置であり、現実化を促進する。
そうした設定をじぶんが信頼するひとがしているとなれば
意味合いはさらに強くじぶんに働くだろう。

具体的にはどんな作用をするか分からない
天然石などのアイテムを買う心理とは、なんだろう?

それを持つことで
現実や体感覚になにが起きるか?意識すること
持ったあとに起きたことを
しっかり吟味し
意味付けし
変化を見出すこと
それを所有したじぶんへの安心感と期待

ふるくからあるお札やお守りと本質的には同じで
かたちのない、たとえばヒーリングなどに
対価を支払うのも同じかもしれない

ヒトは刺激と安心を求めている
刺激がなければ安心がないと思っている
刺激がなければちいさな変化に意識を向けることが難しい
相対的な、二元感覚

いまの世界で「ビジネス」といわれるのは
その刺激欲と安心欲にじょうずにアピールすることだ

刺激とはインパクト
高価格だったり入手方法が困難であるほど
ひとはそこに価値を見出す

刺激を求めるひとたちがいる以上
そうしたビジネスが消えることもないのだろう
その延長線上に、あるものは… 書かないでおく。

領域と質感

肉体領域は、コットンクッション
意識領域は、ビーズクッション

そばがら
パイプ
綿
羽毛
ビーズ

クッションから枕まで含めたら
それぞれの良さがあり
たたいて埃が出るのもあれば
中身がでるのも
手応えのないのもある

人間は、ヒトガタクッションのようだ。

ビーズクッションが
重力のある世界で
自立歩行するのは
なかなかに大変である…

それぞれの素材
それぞれの領域
純度をあげていく
それがいわゆるアセンション

ビーズクッションは
混入物を見つけるのも
一筋縄ではいかないが
それにはそれのやりかたがある

宇宙ゲート

ど真ん中にはいり
真理を両手から放つと
宇宙ゲートがひらく

外宇宙とのパイプ開通

重力を断ち切る
無限とつながる

思いは重力
真理に思いは無い

いちばん言っちゃいけないこと
恥ずかしくて恐れ多くて
とても言えない

ありきたりで
ありふれてて
たいしたことなくて
こんなんでいいの?って拍子抜けする

それこそが、そのひとの鍵。




自我が強く目醒めていくほどに、わたしたちは自己存在の中心と強く深くつながって、「こうでありたい」と魂が求めている、自分に近づいていくことができます。

(中略)

もし、すべての人が自我に目醒めて、自己存在を中心においた生き方をはじめたとしたら。

世界から戦いがなくなり、共存共栄の道が拓けるかも知れません。

奪い合うことよりも、分かち合うこと。

支配したりされたりする力の世界ではなく、全員で紡ぎ上げていく共同創造の世界。

そういったものがやってくるのかも知れません。


小泉マーリさん
2016春分☆信念を貫き、実現する
http://ameblo.jp/light-side/entry-12140067321.html

チームで考える

なにかがざわついていて
ちっとも入力業務に集中できない日

今日はちょっとひどいなあ
らちがあかないなあと思ってたら

おひるにチャットした会社員Yちゃんも
集中できないとは感じているという。

Oちゃん魂語アワーやってくんないかなあ。
リクエストするか?なんて言っていて

ふーむ。
Sちゃんを見習って
がっつり愉氣の時間をとるか?
はて・・・・ と考えたら

そーだ。
たまたま今朝
ひさびさにメッセしたRが
鎌倉にぷらっと行ってくると言ってたぞ。

そーか、そういう配置なのね!
勝手に解釈して
Rに向かうように意識したら
ほんとにしずかになった・・・

チーム単位で考えると便利だなあ。

いままでわたしが
ぷらぷら時間を確保されているのは
ヘルプデスクポジションだから。
だから遠慮なくいつでも声かけてね。
って思ってたけど
わたしも、使っていいんだよなー。


今日のざわつきは
冷たい雨から一転しての
晴天にくわえて
確定申告締め切りの日ってのも
もしや関係してるんだろか・・・

エンパスの利用法

だれかの思いに共鳴することを
拾う、といったり
憑かれる、といったりする。

だれか、は
知っているひとだったり
身近なひとだったり
見知らぬひとだったり
かたちを持たないものだったりする。

そうした思い、エナジーを
じぶんに取り込んでは
成仏させたり
切り離したり

たくさんのひとが
多かれ少なかれ
日常的にやってること。

それを意識的にやれば
より、効果的になる。


取り込むのは
じぶんのため。

毒をもって毒を制す。

無意識的にであれ
日常でショウカしていても
すこしずつ溜まっていく澱のようなもの

それが共に吐き出される。


ワークショップやグループセラピーで
複数人でやってシェアできると
また違う気持ち良さがある。

ヨロコビがヨロコビをよぶ。

結婚とエンパス/憑依

前記事で書いた、結婚の本質

パートナーという他人を、自分ごととして、
まるっと引き受けること は

つまり、パートナーシップの本質であり
自分と他者 の 関係性全般に
言えることのようにも思う。


それはひいては
みえない存在に対しても
言えることかもしれない。


わたし自身が数年前に
わたし由来とは思えない
男言葉が腹の底から出てきた経験があり

それはのちのち
どうやら、父の無念ではないかと
思うに至ったのだけれど

エンパスやHSPを自認するひとであればなおさら
身近なひとが抑圧している感情や衝動を
じぶんのものとして抱えていることは多々あると思う。


ここではないどこかに逃げたい、帰りたい願望なんていうのも
ショウカされずにただよっている誰かの感情かもしれない。

たとえば丁稚奉公、身売り、出征、疎開、出稼ぎ、単身赴任、、、
言葉にすることはおろか、思うことすら
みずからに禁じてきたひとは多かっただろう。


そうしたものを
みずからに取り込んだ目的はなにか。

それをショウカすることに
自身のメリットがあるはずだ。
(アタマはそれをメリットとは呼ばないとしても。)


じぶんのものではないと切り離し、
他者へ任すことで、胆力を鍛えたり

じぶんが引き受けることで
あらたなちから、可能性を得たり


使えるものは、使えばいい。
使われるために、それは、ここに来ている。


そんなつもりではなかった。
なにかの間違い。などと
言い続けたところで
それがすでに起きているのならば

それは、じぶんに与えられたもの。

「じぶん」の未来のために、ここに来たもの。

逃げ腰でいたら消耗するだけ。
どんなに厄介なものにみえても
まごうかたなきギフトのはずだ。

地に足つけずに生きる

地に足をつけたらしんどいなら
つけずに安定していられるよう
体幹を鍛えたらいい。

つけずに安定とは
揺れても戻ること。
ぶれに気づいて
修正できること。

地に足をつけなくちゃ、って
頑張ってるがゆえに
身体に肉をつけて守ったり重くしたり、する。

同様の役割をしている「こだわり」
成績優秀でいたい、とか
人気者でいたい、とか
定収入がほしい、とか
いろいろありそうだなー。

同じでありたい。
普通でいたい。
「仲間」アピール。

それを捨てて
ほんとうに欲しいものだけを
取りにいく。

重心=絶対的安心は、未来にある。

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