カテゴリー「ラフ・スケッチ」の記事

草稿的つれづれ

とある考察

レイプ願望 というものについて
思いを巡らせている

男性向けコンテンツの
定番ともいえるシチュエーション

女性の肉体はたしかに
興奮した状態になるのかもしれない

けれど、だからといって
その状況をよろこんでいるわけでも
望んでいるわけでもない、かもしれない

単純に脳の構造的に
興奮する物質が
生成されてしまうから
肉体はそういう反応をみせるだけ

しかしその反応に
だれよりも女性自身が惑わされ
興奮しているのだ
快楽なのだ
そんなふうに
勘違いしやすいのかもしれない


10数年ぶりの火星の最接近
攻撃性、生き残り、勝ち残り、弱肉強食
(参考 https://ameblo.jp/soul-lovers-connect/entry-12393354066.html)


女性のうちにある
みずからへの攻撃性、自滅願望と
性交渉はリンクしやすいように思う

吊り橋効果がいわれるように
生命の危機と性的興奮は近いのだと思う

安直な興奮
安直な快楽

・・・動物的な、という表現もできるかもしれないが
実際のところそれは動物に失礼だろう
動物にはそうした「快楽を貪る余裕」は
ないことがほとんどだろうと思われる・・・余談。

そうした快楽を求めることの是非ではなく
ヒト本来の方向性について、考えている


仏教の修行では
殺生も性交渉も禁じられる

飲食や性といった
快楽にむかいたがるエネルギーを
自己をたかめる方へ向ける

男性のうちにある
女性性エネルギーの飼い慣らし


女性のうちにある
男性性エネルギーは
どのように飼い慣らせるのか

他者へ向けず
他者を使わず
自分を駆り立てることに使うのだろうか

パートナーに委託していることが
多いのかもしれない
内助の功のように

世界観のレベル別に事象を捉える

真理はレベルによって異なる。

世界観をごっちゃにすると
いらぬプレッシャーを背負い
混乱の元となる。


「すべては自分のせい。自己責任。」

これは、「自分は世界・世界は自分」が
完全に腑に落ちている世界観での話。
「自分は世界」 と
「世界は自分」 の違いまで
体感できている状態においては
たしかに、すべては自己由来である。


「すべては相互作用。」

これは、自己と相手への尊重が
確立したうえでの世界観。
自己責任を負いすぎるタイプは
このレベルともっと馴染む必要がある。


「すべては生育環境、両親との関係性。」

これは、自己を確立させる通過点。
感情的な反応
自分に起きていることを自覚する。
罪悪感をもちすぎる段階では必要。
相互作用を乱用して暴走する可能性あり。


つぎのレベルの真理を知ることは
足がかりにはなるが
それになじめないからといって
じぶんをはめ込む必要はない。


全肯定という前提について

全肯定を求める
欠乏感、あるいは飢餓感は

他者からの全肯定を
「受け入れる」ことが
まず最初に必要で

他者からの全肯定を
どれだけ浴びても
欠乏感はなくならず
虚しさがあることを自覚してはじめて

もっとも求めている
自分からの全肯定へと踏み出す。


この流れのなかで
最初の難関は
他者からの全肯定を
「受け入れる」ところだろう

受け入れるには
それがあることに
気づかなければならない

しかし欠乏と飢餓がひどければ
じぶんに肯定的目線が向けられていても
気づかなかったり
軽んじたりする


そもそも論として
全肯定されていないヒトなど
じつは、どこにもいない。
いつ何時も、誰しも、肯定されている。

全肯定されていないと感じることや
全肯定を求めることを
ゆるされている、ということ。


肯定されている/いないの
二元の世界ではなく
肯定ありきの世界に移行すると

他者に肯定を求めることなく
すでにあるものとして進むことができる

他者からの肯定を待たずに
おのれの一存で進むことは
失敗 の可能性を大いに孕む

失敗。空振り。恥。決まりの悪さ。痛み。

それさえもすべて
滋養としていく


イエスマンに囲まれたぬるま湯
成功の想定される世界は
よくみれば、二元に基づいている

いいとこどりをして
ほかを排除しているうちは
みえないもの
感じられないもの
味わえないものが
あるのだろう

排除につかっているエネルギー(意識)を
前進エネルギーにまわしたら
いったい、どんな景色がみえるだろう


ほんとうの思いが見つからないとき

待つ。ということが苦手なひとは多い。
置いていかれる焦りと、ひとり向き合う静寂は、死にも近い感覚。

泥水も置いておけばいつか沈殿して清水があらわれる。
じぶんの声、ほんとうの思いが見つからないときは、ひたすら、待て。だ。
焦って揺らしたり、足したりしたら、また乱れる。

どのくらいの時間が必要なのか、不慣れなうちは不安だろう。
ずっとこのままかも、と。そこをぐっと耐える。
沈殿に要する時間はひとそれぞれ。
泥が細かいほど時間がかかる。
感受性のつよいひとほど、だから、平安な時間とスペースが必要。

沈殿して清水があらわれるのを待つ時間は誰も代わりになれない。
あらわれた清水がほんとうに清水かどうか、
その純度の指標もじぶんにしかない。
ひとりで取り組むこと、だけど、いまこんなことやってるんだ、って
誰かに言っておくだけで孤独感は和らぐ。
待つ、という選択を尊重してくれる仲間がいれば。

尊重してくれる仲間は、まずなにより、
じぶんが待つことにコミットしていなくては見つからない。
はらくくって、誰に理解されずとも、
ここだ!と思えるまで、納得いくまで、待つ。と決める。
それを大切にする。
大切にされない環境から離れて、ひとりでも待つ覚悟。

じぶんへの傾聴は、時間無制限。
死ぬまで終わらないかもしれなくても、やり抜くと決める。
じぶんという個性、特性を受け入れることにつながる。


17/2/23 twitterより転載

社会性と純粋性

肉体装置をつかったエネルギーワーク

ハグで外部の周波数に
キスで内部の周波数に

それをやってみて
懲りた。降りた。
効果はわかるけど
やりたくない
今世のわたしの仕事じゃない

できます!わたしがやっちゃえばいい!
手をだしてしまう癖の修正

肉体と魂の解離から
社会性と純粋性の統合へ

わたしにとっては
その切り替えポイントだった

内宇宙と外宇宙を融合する

自分と地震と

311のときは
はじめての主催イベント初日だった。

今回はなにかあったか?

あったとすれば
ヒーリングなどに(うっかり)後押しされ
じぶんのスタンスや特性を、今一度、認識した。

結果として、もっと動かない
動かさないことを意図し
与えられているものを
あますところなく使うことを意図し
他人に乗っかっていくことを許可し

通常会話からブログを書き起こしたり
他人にアドバイスをもらってみたり
じぶんの可能性をもっと
ひらいていくことに力を入れ始めた。

フォッサマグナ
中央構造線

熊本地震の前には
福岡あたりで微震が続いていたという。
「警固断層」なるものがあると。
(ソース:http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48455)

福岡イベントをやった
警固神社とおなじ名前だから
おそらくあのあたりなのだろう。

なぜ、警固神社だったのか
どこか釈然としていなかったのだが
そういうことだったのだな。

神社であることが
重要だったわけじゃない。
わたしが関与するのは
そのレベルではない。
なぜそこに神社が建てられたのか?
そっちだったのだ。

わたしのイベントは、一種の祈祷である。
それと伝えずわからずに
必要な人、ちからある人を集め
みなでヨロコビを響かせる。

「ふつう」に考えたら
自分の行動や思考が
地震と関連するなんて
大げさというか
いったいどれほどの存在だよと
つっこみたくなるところだが

「わたしのふつう」においては
現実世界と内面世界は
関連していないわけがない。

石垣島、札幌、福岡。
2014年のわたしの動き。

そして先月に勃発していた
石垣島のキーパーソンを取り巻くいざこざ。

すべてがメッセージ(あらわれ)。

そうして。
わたしを含め
みな、やるべきことを
しかるべきときに
やってきている。

人が大きく感情を動かす時
その地域の地殻エネルギーは
天へと放たれる。

変化の時を
なるべくやさしく
なるべく痛みが少なく
プロセスできるよう
すべてが連綿と動いている。

何年もかけて
配置、調整している。

南西の島の住み込みを
ことしで最後にする友人。

つまり、ことしが山だな。

友人にシェアしたら「切り離し」のキーワードがきた。
この記事で示唆されていることと
おなじ感覚をキャッチしていたらしい。

「別れるには理由があったほうが簡単」

わたしではないものを
わたしから切り離す。

理由はいらない。
嫌なものは、いや。
それだけでいい。

理由を求め
執着すると
じぶんにも他人にも
身体レベルでの影響がでる。

じぶんの周りで大きなことが起きたとき
じぶんが安全な状況に置かれていることは
優遇されているとか
がんばったからだとか
そういうことではない。
単純に、いつだって守られている。ということ。
反対側の側面はみなくていい。存在しない。二元ではない。
大きなことを実際に体験中のひとたちとの比較ではない。
守られていないように見えることとの比較で
守られていることを感じるのではなく
ただ、守られているのだ。
誰しも。いつでも。
これまでの「ふつう」からして
それがどんなに酷い状況でも。

311でついに
じぶんの足で立ち上がり
活性化し
ゆるみ
溜まったものを
放出した今回

人間たちがもっと
意識的にゆるんだり
活性したりすることで
この先はそんなに
溜め込まずに済む。

ああそれで・・・
がんばるのも大事。の
流れがきてるのか。

がんばってもいいんだよ?
http://blog.okiraku.hiho.jp/?eid=1581402

あたまのがんばり。
からだのがんばり。
バランスをとっていく。
じぶんにしかわからない
じぶんだけのみちをゆく。

それらをつなぐ

LOVE & JOY
ゼロ と 1
螺旋と直進
創造と破壊
宇宙と個体
ホールネスとエゴ

JOYはうまれたての子どものエネルギー
わくわく、ときめき、きゅんきゅん
にぎやかで破壊的

LOVEはしずかな受容
すべてを土にかえしていく
成熟した深いエネルギー

ゼロを1にするひと、下ろして形成
1をゼロにするひと、整え収束

天 地 人

プロの定義

結果に対して

期待も執着もないこと


わたしの定義。現時点での。


メモ。

脂肪は増幅装置だろうか

脂肪とは防護服であると同時に
増幅装置かもしれない。検証中。

オペラ歌手が声がより響くよう
身体を大きくするように

肉と水分をたくさん蓄えた身体は
スピーカーになる。

対象物(空間)の感情やエネルギーと
共鳴しつつ、防御するのにうってつけ。

本来の快適な状態よりも
肉体の脂肪が多いと感じるならば
感じなくていいものを感じているのかもしれない。

拾わなくていい情報を
拾っているのかもしれない。

空気などよまずに
もっと自分本位でいいのかもしれない。

期待を拾って応えなくても、いいのかもしれない。

全力で夢をみる。

もっといろんなひとに会って
いろいろ聞きたいし話したい。

そんな欲求を抱えながら
しかしそれを解消(実現)するための
具体的な行動はしないで
可能性に思いを巡らせるだけで
余白たっぷりな日々を過ごしている。

高感度な友人たちが
次々に連絡をくれて退屈しない。
宇宙は今日はるみを寄越した☆
そしてやっと言葉になった!!

=====

問題ないのもわかった
人生つくれるのもわかった

次はオート!

欲しいもの見たいものを思いついても
実現のために動かない。投げて、待つ。

男性(パートナー)がもたらす、浮かれた提案
不安は認めつつ拾わず、乗っていく。

どこまでも浮かれていく。
地に足つける役割をになわない。
バランスを取らない。
高め安定への移行。

相手の動機をかなえる必要はない
きっかけとして使っていく
付き合わなくていい

見た目や表面的な外向きの目的はまやかし
気にするな、真に受けるな

本質はしょせん退屈しのぎ。
想定外なミラクルの始まりを歓迎しよう。

無力感ではなく無力
罪悪感ではなく罪悪

全男性はサポーターでエンターテイナー、道化師

男性が浮かれたからといって
女性が心配・現実係にまわってたら
拡大が遅々として進まない。

表面的な目的はどうでもいい。
あたらしい展開がきたな!ってとこだけ
おいしくいただく。たのしむ。結果はどうでもいい。

おそれず進め
バカになれ
だまされてしまえ

おめでたく生きるんだ
心配は女の仕事じゃない
夢をみる。全力で。
「これよりどんないいことある?」

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