カテゴリー「ラフ・スケッチ」の記事

草稿的つれづれ

ほんとうの思いが見つからないとき

待つ。ということが苦手なひとは多い。
置いていかれる焦りと、ひとり向き合う静寂は、死にも近い感覚。

泥水も置いておけばいつか沈殿して清水があらわれる。
じぶんの声、ほんとうの思いが見つからないときは、ひたすら、待て。だ。
焦って揺らしたり、足したりしたら、また乱れる。

どのくらいの時間が必要なのか、不慣れなうちは不安だろう。
ずっとこのままかも、と。そこをぐっと耐える。
沈殿に要する時間はひとそれぞれ。
泥が細かいほど時間がかかる。
感受性のつよいひとほど、だから、平安な時間とスペースが必要。

沈殿して清水があらわれるのを待つ時間は誰も代わりになれない。
あらわれた清水がほんとうに清水かどうか、
その純度の指標もじぶんにしかない。
ひとりで取り組むこと、だけど、いまこんなことやってるんだ、って
誰かに言っておくだけで孤独感は和らぐ。
待つ、という選択を尊重してくれる仲間がいれば。

尊重してくれる仲間は、まずなにより、
じぶんが待つことにコミットしていなくては見つからない。
はらくくって、誰に理解されずとも、
ここだ!と思えるまで、納得いくまで、待つ。と決める。
それを大切にする。
大切にされない環境から離れて、ひとりでも待つ覚悟。

じぶんへの傾聴は、時間無制限。
死ぬまで終わらないかもしれなくても、やり抜くと決める。
じぶんという個性、特性を受け入れることにつながる。


17/2/23 twitterより転載

社会性と純粋性

肉体装置をつかったエネルギーワーク

ハグで外部の周波数に
キスで内部の周波数に

それをやってみて
懲りた。降りた。
効果はわかるけど
やりたくない
今世のわたしの仕事じゃない

できます!わたしがやっちゃえばいい!
手をだしてしまう癖の修正

肉体と魂の解離から
社会性と純粋性の統合へ

わたしにとっては
その切り替えポイントだった

内宇宙と外宇宙を融合する

自分と地震と

311のときは
はじめての主催イベント初日だった。

今回はなにかあったか?

あったとすれば
ヒーリングなどに(うっかり)後押しされ
じぶんのスタンスや特性を、今一度、認識した。

結果として、もっと動かない
動かさないことを意図し
与えられているものを
あますところなく使うことを意図し
他人に乗っかっていくことを許可し

通常会話からブログを書き起こしたり
他人にアドバイスをもらってみたり
じぶんの可能性をもっと
ひらいていくことに力を入れ始めた。

フォッサマグナ
中央構造線

熊本地震の前には
福岡あたりで微震が続いていたという。
「警固断層」なるものがあると。
(ソース:http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48455)

福岡イベントをやった
警固神社とおなじ名前だから
おそらくあのあたりなのだろう。

なぜ、警固神社だったのか
どこか釈然としていなかったのだが
そういうことだったのだな。

神社であることが
重要だったわけじゃない。
わたしが関与するのは
そのレベルではない。
なぜそこに神社が建てられたのか?
そっちだったのだ。

わたしのイベントは、一種の祈祷である。
それと伝えずわからずに
必要な人、ちからある人を集め
みなでヨロコビを響かせる。

「ふつう」に考えたら
自分の行動や思考が
地震と関連するなんて
大げさというか
いったいどれほどの存在だよと
つっこみたくなるところだが

「わたしのふつう」においては
現実世界と内面世界は
関連していないわけがない。

石垣島、札幌、福岡。
2014年のわたしの動き。

そして先月に勃発していた
石垣島のキーパーソンを取り巻くいざこざ。

すべてがメッセージ(あらわれ)。

そうして。
わたしを含め
みな、やるべきことを
しかるべきときに
やってきている。

人が大きく感情を動かす時
その地域の地殻エネルギーは
天へと放たれる。

変化の時を
なるべくやさしく
なるべく痛みが少なく
プロセスできるよう
すべてが連綿と動いている。

何年もかけて
配置、調整している。

南西の島の住み込みを
ことしで最後にする友人。

つまり、ことしが山だな。

友人にシェアしたら「切り離し」のキーワードがきた。
この記事で示唆されていることと
おなじ感覚をキャッチしていたらしい。

「別れるには理由があったほうが簡単」

わたしではないものを
わたしから切り離す。

理由はいらない。
嫌なものは、いや。
それだけでいい。

理由を求め
執着すると
じぶんにも他人にも
身体レベルでの影響がでる。

じぶんの周りで大きなことが起きたとき
じぶんが安全な状況に置かれていることは
優遇されているとか
がんばったからだとか
そういうことではない。
単純に、いつだって守られている。ということ。
反対側の側面はみなくていい。存在しない。二元ではない。
大きなことを実際に体験中のひとたちとの比較ではない。
守られていないように見えることとの比較で
守られていることを感じるのではなく
ただ、守られているのだ。
誰しも。いつでも。
これまでの「ふつう」からして
それがどんなに酷い状況でも。

311でついに
じぶんの足で立ち上がり
活性化し
ゆるみ
溜まったものを
放出した今回

人間たちがもっと
意識的にゆるんだり
活性したりすることで
この先はそんなに
溜め込まずに済む。

ああそれで・・・
がんばるのも大事。の
流れがきてるのか。

がんばってもいいんだよ?
http://blog.okiraku.hiho.jp/?eid=1581402

あたまのがんばり。
からだのがんばり。
バランスをとっていく。
じぶんにしかわからない
じぶんだけのみちをゆく。

それらをつなぐ

LOVE & JOY
ゼロ と 1
螺旋と直進
創造と破壊
宇宙と個体
ホールネスとエゴ

JOYはうまれたての子どものエネルギー
わくわく、ときめき、きゅんきゅん
にぎやかで破壊的

LOVEはしずかな受容
すべてを土にかえしていく
成熟した深いエネルギー

ゼロを1にするひと、下ろして形成
1をゼロにするひと、整え収束

天 地 人

プロの定義

結果に対して

期待も執着もないこと


わたしの定義。現時点での。


メモ。

脂肪は増幅装置だろうか

脂肪とは防護服であると同時に
増幅装置かもしれない。検証中。

オペラ歌手が声がより響くよう
身体を大きくするように

肉と水分をたくさん蓄えた身体は
スピーカーになる。

対象物(空間)の感情やエネルギーと
共鳴しつつ、防御するのにうってつけ。

本来の快適な状態よりも
肉体の脂肪が多いと感じるならば
感じなくていいものを感じているのかもしれない。

拾わなくていい情報を
拾っているのかもしれない。

空気などよまずに
もっと自分本位でいいのかもしれない。

期待を拾って応えなくても、いいのかもしれない。

全力で夢をみる。

もっといろんなひとに会って
いろいろ聞きたいし話したい。

そんな欲求を抱えながら
しかしそれを解消(実現)するための
具体的な行動はしないで
可能性に思いを巡らせるだけで
余白たっぷりな日々を過ごしている。

高感度な友人たちが
次々に連絡をくれて退屈しない。
宇宙は今日はるみを寄越した☆
そしてやっと言葉になった!!

=====

問題ないのもわかった
人生つくれるのもわかった

次はオート!

欲しいもの見たいものを思いついても
実現のために動かない。投げて、待つ。

男性(パートナー)がもたらす、浮かれた提案
不安は認めつつ拾わず、乗っていく。

どこまでも浮かれていく。
地に足つける役割をになわない。
バランスを取らない。
高め安定への移行。

相手の動機をかなえる必要はない
きっかけとして使っていく
付き合わなくていい

見た目や表面的な外向きの目的はまやかし
気にするな、真に受けるな

本質はしょせん退屈しのぎ。
想定外なミラクルの始まりを歓迎しよう。

無力感ではなく無力
罪悪感ではなく罪悪

全男性はサポーターでエンターテイナー、道化師

男性が浮かれたからといって
女性が心配・現実係にまわってたら
拡大が遅々として進まない。

表面的な目的はどうでもいい。
あたらしい展開がきたな!ってとこだけ
おいしくいただく。たのしむ。結果はどうでもいい。

おそれず進め
バカになれ
だまされてしまえ

おめでたく生きるんだ
心配は女の仕事じゃない
夢をみる。全力で。
「これよりどんないいことある?」

【おかねください】について考察

昨日のtwitterより、まとめコピペ


自分の担当業務が終わってしまってヒマなので【おかねください】について考察してみようと思う。いくつかのパターンがあり、違和感があるのと無いのがあるので不思議なのだ。

続1)FBでたまに見かける、支払が間に合わない(かもしれない)のでカンパ募集とかお仕事くださいとか。次に、いわゆる寄付。それから、クラウドファンディング。それぞれに感じるものが違うんだよね。

続2)わたしが気になってるのは、じゃあ差し上げます。と思うときと、思わないときの違い。なにがそれを分けているのか。好みだったり感覚的なことなのでわざわざ考える必要はないのだが、いかんせんヒマなのでほっといてください。

続3)まず違うのは距離感だな。その人となりを知っているかどうか、というのは大きい。良いほうにも悪いほうにも作用する。(良し悪しの基準はいろいろだが)・・・・これtwitterだとやりづらいな。場所かえるか。

続4)そもそも。当面の困難(と思われる状況)をしのぐため。というのと、計画的なものでは、全然ちがう。寄付・クラウドファンディングは後者。具体的な夢に加担するたのしさがある。前者は、そりゃあそのひとの笑顔は確保できるかもしれないが…仲間意識、連帯感、共同責任、おや?風向きが…

続5)おかねはあくまでも手段のひとつなので、おかねでない方法で解決できることも多々ある。関係性がちかい場合には特に。○○のためにお金が欲しいというのは効率的で短絡的な感じ。困窮したならばそれは見直しのチャンスだったりもするのに。わたしが真面目すぎるのか。それは否めない。

続6)どんな理由であれ他人と関わりあうのはいいことだよな。行き詰るときはさみしい(流れが悪い)ときなので動くのはいいと思う。お金のことだからと深刻になりすぎずにライトに、きっかけのひとつにすればいいだけのことかもしれない。

続7)ここで一度書いておきたいのは、他人にモノ申したいことは自分に言いたいことだという基本原則であるw つまりわたしはこの違和感を追うことで、自分の歪み(偏り)を認識できるかもしれない。正す必要はないが、認識しておいたほうがストレスがすくなくてよい。

続8)承認欲求を全面に出してくるひとがいて、わたしはそこに餌をやらないようにいつもすごく気を付けるのだけど(そうしないと思ってもいないことまで相手のご機嫌のために言ってしまって自分が不快になるから)おかねくださいに関与したくないのはそれに似ている気がする。

続9)無言の承認欲求については自撮が横行したときにかなり考察をして友人ともさんざん意見交換してある一定の見解ができたはずなのだが…お、思い出せない…w だめじゃんww 一種の横柄さのようなもの。気にならないひとは、ならないようなんだが。わたしの心もまた横柄なんだろう。

続10)ああそういう遊びをしたいんだねえ、プロセスなんだねえ、かわいいねええ、で済ませればいい話なんだよなきっと。済ませられないってことはわたし自身がささくれだっているのだ。8月に入ってすこしは持ち直したかと思ったが。しょうがない引きこもるか…(触れる情報量を減らす

というわけで早速FBのフォローを減らしました。どこへゆくんだわたしよ…ネットの、しかも狭い範囲の情報でヒマをうめず、他に使えばいいんだろうけどな。なにに使うんだろうな。いったん止めて、うがーーー!ってヒマにならないと、次のものは入ってこないのが通例。


オトコという性

あのひとたちは
かってにひとりで背負って
ヒーロー気分に酔いしれて
「おまえのため」とか言って
つぶれそうになって挙句
ぜんぶ投げ出そうとする。
切り捨てようとする。

それを止めるのがオンナの仕事。
100点じゃなくても
乗り越えるほうが大事だって。
いのちをつなぐほうが、有効な手段だって。

つなぎさえすれば
なんとでもなるから。

いまのじぶんができないなら
未来のじぶんが
それもダメなら
次の世代が
やるんだよ。

それはつまり
現時点のじぶんの
至らなさを認めるってこと。

かっこわるくて
痛すぎて
ぜんぶ投げ出す覚悟まで
追い詰まらないと
妥協案を選ぶことができない。

至らなくても
それでも
抱えていたいものを
抱えていくことを
じぶんにゆるすこと。


外側(他人)パートナーシップの話であり
自分内部の話でもある。


安倍さんをはじめ
政治家のみなさんの
奥様たちが
真心をもって
彼らをビンタしてくれることを願う。

遠回りはもう、やめようよ。
いっしょなら、きっと、できるから。

いわゆるひとつの領空侵犯(あらすじ)

雨つづきからの晴れ

怒りに気づく
遠慮に気づく

初心に戻る

揺り戻される

みっともない
かっこわるい
報われない
なさけない

不機嫌、ふてくされ
電車で号泣寸前

切り離しを選択

もちなおす

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