カテゴリー「心と体」の記事

意図的ひきこもりのススメ

30数年かけて
ゆるやかに下り続けた坂道から
ようやく他の道へ入れた感触

とてつもない疲労感と
風が抜けるような爽快感

ひさしぶりに、なにかヒーリングを
お願いしようかと思ったけれど
いまは自力でなんとかすることを、
まず考えた方がいいはず。

ひたすら寝るばかりではなんなので
瞑想は苦手だから…
活元運動がいいかもしれない。

cute

それにしても、われながら
よくぞここまで耐えてきたなあ。

先日読んだ
河合隼雄さんと村上春樹さんの対談本の中で
『痛みを受け止める力、症状を形成する力』
ということを河合さんが話しているのだけれど
わたしには、その力がなかったんだと思う。

浮き沈みを繰り返しながら
のらりくらりと来てしまった。

わたしの症状は
・遅刻癖
・暴飲暴食
・不妊
・仕事に行けなくなる
・健気な子供を見るとなんだか泣けてくる
などという
生き難くはあるけれど
さりとて治療を必要としないものだったり
環境に許されてしまうものだったりしたので
なかなか煮詰まらなかったのだろう。

『日本人は個人ではなく、場で痛みを受けるので、
問題の押し付け合いで済んでしまう』ともあって

自分の痛みを、自分のものとして、
自分がなんとかするしかないものとして、
自覚することの出来なかった
わたしにも当てはまることだ。


しかし何度も繰り返すうちに
だんだんとコツが飲み込めてきて

先月末に遅刻癖がひどくなったあたりで
今回はみずから引きこもりを決め込んだ。

そのようなタイミングで
コミュニティ・ファシリテーション研究所のノリさんが
再び、欝についてコラムを書いていて
やさしい追い風になってくれた。

以下、廣水乃生さんの『うつ』の活用法より抜粋。
http://comfaci.com/09/091107/

『うつ』を、まだ生きていない新しい自分との
出会いのサインとして活用して、
じっくり味わいながらサナギが脱皮するのを
静かに待つのをオススメします。

『うつ』であるこの静かな時間につかりながら、
自分にとって本当に大切なことが浮かび上がってくるまで、
やるべきことをできる限り最小にして、ゆっくり過ごしましょう。

cute

ダメな自分に出会ってしまったら

じたばたしないで

…たとえば、気分が明るくなるようなことを
無理矢理やったりしないで

家族や世間、それから自分の内にある
批判の声など気にせずに

心ゆくまで引きこもる。

遠回りなようですが
これが一番の近道のようです。


諸々の事情がゆるさないときや
沈み込む気力がないときのために

浮上する術を見つけておくのも大事。

わたしの場合は
カラオケ、友人とおしゃべり、とか?

cute

きっとこれから先も
アップダウンの繰り返しだろうけれど

どんなに苦しいときも
人生という波乗りのたのしさを
どこかで感じていられたらいいなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

涙雨

なみだあめ【涙雨】
 (1)悲しみの涙が化して降るという雨。
  (2)ほんの少し降る雨。
 [大辞林 第二版]


関東地方は雨雨雨。
今日からしばらく降るようです。

DAYAさんのところで
『不思議なタッチ』 をやってもらったときも
そういえば雨でした。

そのとき出てきたイメージについては
walking in the rain のエントリにあります。

かんたんに言うと
雨降りでもいいもん。と
つよがっている感じでしたが

もう、やめようと思います。

たしかに雨は誰のせいでもないけれど
冷たいとか、寒いとか、
雨やどりしてほっとしたいとか、
そう思うことにも罪はなくて

わたしが至らないのでも
心が弱いわけでもなく
そこにエネルギーがあるというだけ。


おもいきって顔をあげてみれば
ドアを開けて待ってくれている人もいて
雨宿りするのに資格などいらなくて

こどもだった頃ならいざ知らず
今わたしは、自分の居場所を自分で選べるのだ。


雨を避けることは
裏切りだと思っていたところも
あるかもしれない。
雨を見捨てるような気持ち。

わたしが雨の中に居続けたからといって
雨がやむわけではないのにね。


ひたすら雨にうたれているのは
つらかった。さみしかった。
雨にうたれようとしない人を
自分を助け出してくれない人を恨んでいた。

ほかの誰かではなく
その人に助けてほしいと思っていて
それまでは動かないと決めていた気がする。
悲劇のヒロインごっこ。
自分で動くしかないって、わかったから
もうおしまい。


わたしの舌は
歯型がついてふちがぎざぎざしている。
これは体の水分が余って
舌がむくんでいる状態。
(東洋医学の舌診についてはこちら

自分の中にたまった雨水みたいな感情も
きっと関係あるのだろう。

いまは、どんどん涙にして流す日々
秋の長雨があがる頃
すこしはカラっとしているといいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

無用の長物

この数日、やけに気分が落ちている。
飲酒時間が増え
量もそれなりに増えるので
身体も疲れてくるから
さらにダルい感じになる。悪循環。

親の前で酔いやすいのは
親の前で泣けないのと
関係があるかもしれない。

30も半ば近く
嫁いで9年も経つのに
いまだに親の影響下にいるとは
なんとも情けない。
しかし、いかんともしがたい。


毎日、やることがない。
正しくは、やりたいことがない。

やるべきことはいくらでもある。
片付けや不用品の処分、
手の込んだ料理を作ってもいいし、
網戸や窓を拭いたっていい。

でもそれらは別にやりたいことではない。
やった方がいいだろうと思っているだけ。


起きていれば
なんとなく何か食べたりするし
お酒を飲みたくなったりするし
パソコンをつけたりして電気なんかも使うから
寝られるだけ寝る。
省エネ。エコ。

人生を無駄にしているような気がする。
地球資源も無駄にしていると思う。
わたしは、無用の長物だ。

続きを読む "無用の長物"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

甘えたい?

実家でお酒を飲んでいると
ペースが早い
酔いも早い
記憶がとぶ率がめちゃくちゃ高い

帰りにコンビニに寄ったこととか
帰宅後にオットに話したこととか
きれーにわすれてしまうので
けっこう怖い。

理由を考えてみる。

1.
実家ならお金の心配をせずに
あるものを好きなだけ
飲んでいいと思っている

2.
理性を失いたい。
つまり、甘えたい?

3.
自分をさらけだして
親を失望させたい…??


2と3は、同じかなあ。

飲みすぎている、という意識や
これ以上は要らない、という体感覚を
あえて見ないようにしているかんじ。

なにも考えたくない。
快楽だけ求めたい。

そういうスイッチが入るのかなあ。

ふだん自分を抑制していて
大変なのは、親のせいだ。
だから親には迷惑かけていいんだ。

そんなかんじも、する。

このエネルギーを
解放できるといいなあ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

希死念慮の正体

「死にたい」 

そのココロは…

「生きたい」

だと、最近、わかってきた。

ああもう死んでしまいたい!
人生終わればいいのに!!
と思ったときは
自分で自分のなにかを制限しているとき。
無視したり、我慢したり、しているとき。なのだ。

そんな折に
心理療法家の河合隼男さんと
よしもとばななさんの対談本を読んだら、
河合さんのクライアントさんの言葉で
「死にたいという言葉でしか、生きたいと言えなかった」
というような文があり、ものすごく、納得。

わたしは、生きたいんです。
わたしのままで、生きたいんです。
それがゆるされないなら、死んでしまいたいほどに
つよくつよく、そう願っているんです。

だから、ゆるそうと思います。
自分をしばっている自分に気付いたら
ひとつひとつ、ほどいていこうと思います。

そうやってしばることでしか
うまく生きてこられなかった自分を、
そうやってしばりながらも
なんとか生きてきた自分を、
褒めてやろうと思います。

すごく辛かったけれど
得たものもたくさんあったから
いまにつながっているから

Life goes on.

「これで良かったんだ」
きっと、そう思うために。

Believe in myself

and

Honesty

この両軸を見失わずに、いこう。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

walking in the rain

あしたは
歌えて踊れてクレニオもできちゃう
摂食障害カウンセラー 樹音さんおすすめの
スパイラルセラピーを受けに行くというのに
台風です。
雨、雨、雨。
電車うごくんだろうか。

walking in the rain は
『DAYAの不思議なタッチ』 を通して出てきたイメージ。

雨の中を、傘をさして、わたしはこれでいいんだもん。
みんなして雨を毛嫌いしたらかわいそうだから
わたしは雨の中を歩くんだもん。 
と、冷えた身体で、気丈にしているかんじ。なんだそうだ。

まったく、実に、わたしっぽい。

寒くても、冷たくても、濡れてて不快でも、
「やさしい自分」でいられるやり方を選ぶんだ。
寒くても、冷たくても、濡れてて不快でも、
そんな気持ちは見ないフリ。無かったことにするんだ。

わたしは「やさしさ」を履き違えている。
だけど、その仮面をとってしまったら
わたしはいったいどんな人間なんだ?

なんにもできないチキンかもしれない。
衝動的に誰かを刺すかもしれない。
怒りにまかせて罵詈雑言をわめくかもしれない。

まったくわからないんだ。
コントロールできる自信がないんだ。

いまだって、コントロールしきれていない。
どんなに見ないフリをしても
悪感情はどんどん溜まっていって
ときどき不可抗力で噴出しては
誰かを傷つける。
そんな自分に、嫌気がさす。

だけど、この仮面のおかげで
いままでそれなりに生きてこれた。
未知の自分をさらけ出すくらいなら
生きるのをやめる方がマシだ。

にげたい。しにたい。やめたい。

もう20年近く前から
思い出したように現れる
わたしの中の葛藤。

いつもは大声出したり
大泣きしたり
暴飲暴食したり
ひたすら寝たりしたら
やりすごせるのに

今回ばかりは、ダメみたいだ。
わたしの中にはこれ以上、
感情を押し込めておくスペースがないみたい。
すこしでも感情が揺れると、涙があふれてくる。

それは、ただの感情。
喜でも怒でも哀でも楽でもない
ただのエネルギー。

胸がいたい。胃がうずく。舌が荒れている。

身体を蝕むほどの
途方もないエネルギーが
わたしの中で渦巻いている。

放し飼いになんて出来ないよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自傷癖

リストカット(セルフハーム)
過食・拒食
アルコール依存
セ○クス依存
(広告コメント対策で伏字)
抜毛症
など…

以下はあくまで自論
一面的なものかもしれないし
わたしだけかもしれないけれど

自傷は、「自分はダメ人間」って
自分に言い聞かせるために
やっている気がする。

誰かに言われる前に、
自分で自分を傷つけることで
麻痺させておく
一種の防衛。

抱えている劣等感を
刺激されても嗤えるように
事前準備している言い訳。

自分を壊すことで
痛みを感じることで
自分を罰することで
生きていく理由を創る。

この場合、セ○クス依存は
女性限定だろう。


たぶん、
生きることに理由なんて
要らないのに。
いま、生きている。
生かされている。
それだけで十分なのに。

それを忘れたときから
人は生きづらくなる。
生きたくなくなる。

自分を否定し卑下することで
いったいどれだけのエネルギーを
浪費しているのだろう。


自分を責めることなく
人生を愉しめるようになりたい。
どんなに情けなくても
根拠などなくても
生きていていいんだと思いたい。

いいんだって、言いたい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

罪悪感という麻薬を絶つ

『もっとはやく
 もっとスマートに
 もっと有利に

 権利は最大限に使え
 自分を守るためならウソをつけ
 良心の呵責なんかより大事なのは

 いかに少ない時間で
 いかに多くの金を得るか
 それこそが成功者だ』


ずっとそう信じてきた。
疼く心を無視してきた。


罪悪感は興奮剤
先進的でスマートな自分はステキ。
だからこれでいい。と錯覚させる

罪悪感は言い訳
自分を責めて、卑屈になって
期待しないように、されないように

罪悪感はエネルギー
必死に自分を正当化しながら
「理想の自分」を追い求める


いつからかわからないほど長い間
頑張って頑張って疲れきって
どうもこの目的地はオカシイと気づいた。


さて、どこへ行こう?


セッションを受けても
メッセージを読んでも
「自分の使命」とか
「心が望む生き方」は
なかなかあらわれない。

きっと、言葉にした瞬間に
「目的」になってしまう。
「より良い方法」を探してしまう。

「デキる自分」の代わりに
「フラットな自分」を理想にするだけ。
誰かの評価を得ようとするだけ。


では、どうしよう?

続きを読む "罪悪感という麻薬を絶つ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

思考解析

雨降りの休日に
ぐーたら過ごすオットをみて感じた
モヤモヤっとした気分を解析したら
自己憐憫と、相手を責める気持ちだった。

ぐーたらしていたら、幸せになれない。
この人がぐーたらしていると、
ツマであるわたしも幸せになれない。
この人は、わたしが不幸になる可能性より
自分の怠け心を優先するんだな。
軽んじられているわたしって可哀相。
軽んじるこの人ってなんてイヤなやつ。

…どこからツッコめばいいんだか!
こうやって書き出してみると
実に馬鹿げた考え方なのだけれど
間違いなくわたしに染み付いているパターン。

このパターンによるメリットも
たぶんあったのだろう。
わたしは誰からも軽んじられる存在だ、
価値のない人間だ。
そう思っていれば投げやりでいられる、
真剣に生きなくて済む。とかね。

まず、怒りは怒りとして発散する。
相手にぶつけるのではなくて、
たとえば腕立て伏せとか。
そのあと、怒りの原因になっている
自分の固定観念を探す。
もう要らないものであれば
これまでの働きに感謝し、決別を誓う。
自分の未来は誰かに左右されるものでなく、
自分の選択にかかっていることを銘じる。

だいじょうぶ、簡単なことだ。
気がついた時だけやればいい。
誰かと競争するわけでもない。

そんなめんどくさいことイヤだ!
目を背けたくなるような
卑劣で勝手な自分と
向き合うことになるかもしれない。
嫌な思いはしたくない!
そうやって反抗する自分もいる。

でもさ
いままでの生き方で
長いこと生きてきて、
もういいかなーと思わない?
そろそろ、違う生き方
やってみたいなーと思わない?

なにか変わるかもしれない。
なにも変わらないかもしれない。
ただ、ワクワクする方へ。

大抵のトラブルに対処できるだけの
能力は身に着けてきたと思うなら、
恐れることはない。

行き先不明のミステリーツアー
運転手は、わたしだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

自己否定世代

自己否定の強さは
アダルトチルドレンの特徴だ。

アダアルトチルドレン;
 愛情を知らず、否定されて育ったり、
 愛情を伝える方法を知らない家族に育てられ、
 「愛されるためには努力が必要」と思っており、
 “ありのままの自分”に自信が持てず、
 常に自分と人とを比べ、
 完璧を目指して必死で努力したりする人。


多かれ少なかれわたしもコレだな
と、ついさっきまで思っていたのだけれど、
客観的にうちの家族を振り返ってみると
どうも違和感がある。

“ありのままの自分”に自信を持たないために
そのような環境だったと思い込んできたかもしれない。
または、後付けの理由かもしれない。
そんな気がしてくる。


わたしと同じように、自己否定がつよく
精神的な自立が難しい人は
同世代にとても多いように思う。
鬱や引きこもりなどは、その一形態だろう。

自分の願望を無視しながら
高度成長期を支えた親世代の歪み、
リバウンドという見方もあるけれど

ふたこわたるさんのブログにある
集合意識の話も興味深い。

わたしたちは、戦後教育の中で、
進んだ文明を持つ西洋には見下されているし、
非道を尽くしてしまったアジアでは憎まれている。
そういう意識を刷り込まれている。
そういう夢の中にいる。
http://windshamanwf.blog34.fc2.com/blog-entry-133.html

目を醒ませ。
ぬるま湯から出て
清冽な空気を浴びよう。

世界の流れの中に
そんな声の高まりを感じる。

独立起業を促す成功本も
アセンションへの関心も
その表れだ。

薬物に傾倒する人は
ほんの一時でも
夢から抜け出したいのかもしれない。


わたしは
眠りから目覚める恐怖
群れから離れる恐怖と向き合っている。
ときどき余所見をしながら
一進一退
あたらしい夢を目指している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

生きたくない自分

またもや、やってきました。
おなじみの感情
「生きていたいわけじゃないのに」

このモードに入ると
人生がいっきにつまらなくなり
今すぐ終われと念じながら
自暴自棄の暴飲暴食。

しかし今回は
ビール1本と焼酎2杯でへろへろ。
つまみは糠漬けと茹で野菜と玄米。
なんだかな。

しかたないから、ひとねむりして
ワインで飲みなおし中。


この「生きたくない感情」
ゆかエンジェル6868さんによれば
「前世の影響かもしれない」らしい。
実際のところ、それがわかっても、
どうにもならないのだけれど。

そして、クリーニングしようにも
時間と手間がかかるらしい。
自分の中に乗り気でない部分が
あるのだから、当然だ。


生きたいとか
進化したいとか
そういう願望、根源的な欲求が
わたしをここまで連れてきた。

わたしはきっと
生きるほうを選ぶのだろう。
でも、生きたくない自分を
これ以上置き去りにできない。

ベクトルa+bの葛藤を
合算して、違う方向へ

行けるかな。

続きを読む "生きたくない自分"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自分の存在価値

わたしは自分に自信がない。
経歴とか思想ならハッタリを通せる。
だけど、存在や信念に関して
どうしても守りきれない部分がある。


団塊ジュニア、ロスジェネ世代の常で
父は仕事や付き合いで毎日忙しかった。
母は家事子育てに追われ大変そうだったし、
とてもさみしそうだった。心細そうだった。

わたしは、母を笑顔にしたくて気を遣ったり、
父に目をかけてほしくてトラブルを起こしたり。
この習性はいまも抜けない。

続きを読む "自分の存在価値"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

うつ、の与えてくれること

 「うつ」はフツウのことで、
 素晴らしいキッカケなんだ。


コミュニティ・ファシリテーション研究所のノリさんの
気負わない心の持ちようを
すこしでも多くの人に知ってもらいたくて
ご本人の承諾を得て、ご紹介。

----------

うつ、
ってあって当たり前なんだ。

だって僕らが自分というアイデンティティを保っている限り
僕らはアイデンティティの枠と自分の理想との葛藤があるわけで、
そのとき、ひとつの形として
うつ
という表出が見られる。

アイデンティティの枠を広げようと
人生や世界が自分に挑んでくるとき、
僕らは
うつ
を体験するかもしれない。

うつ
とつきあうということは
ごく当たり前の作業のスタートのサインだ。


僕はそうとらえて生きている種類の人間なので、
ポジティブに考えよう
などとは決して言わない。

気分が上がったり下がったりして
生きていることがごく自然だし、
その中で僕らが自分を知り、
新しい自分を見つけ、
それを生き始めることが
どんなにか素晴らしいことか。


うつにいるときには
まだ生きられていない自分の何かに気づくこと
そしてそれを止めているものに気づくこと
最後にそこに静かにい続けてどこに進むのか見定めること


静かに時を待つ感じ、
僕の場合。
豊かな時間だ。


うつにいる人のために
周囲の世界がそれを大切に
待ってくれるようになるといいよな。

----------

ノリコラムとは改行が違いますが、
いずれもノリさんの意向に拠るものです。

続きを読む "うつ、の与えてくれること "

| | コメント (2) | トラックバック (0)

引き寄せたい。

去年の夏の腹。
多少ヘソ周りに肉はあったものの
わりとするんとした腹だった。

ことし、なぜこうもポニョ…?
増えたまま減らない重量は
ほとんど腹にあるようだ。

ぷよぷよではなく
ぱんぱんな幼児体型なかんじ。
内臓脂肪だろうか。

この肉や体型を
欲している自分がどこかにいるはず。

冷えから守るため?
新しい服が欲しい?
擬似妊婦体験?
ダメな自分を体感したい?

どれもしっくりこない。

もし見つけたら
ありがとうと言って、サヨナラしたい。

続きを読む "引き寄せたい。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ダメな自分が好き?

押し潰されたい。
ぐちゃぐちゃに潰れたい。
なにもしなくて済むようになりたい。

モヤモヤ気分はついに
いつもの崖に辿り着いた。

前回はたしか過食が出来なかった。
今回は過度の飲酒も出来なかった。
だんだん体が受け付けなくなって
逃げ道が減っている。
その分、早く着いたかもしれない。


つれづれなるままのしずさんが書いていた
「不安になる暇のない思考パターン」

考える→分からない→分かるまで考える

予想する→はずれる→徹底分析し対策を練る→再挑戦

これができない。
気力がつづかない。
不安や恐怖の感情に負けて
負けた自分に浸ってしまう。
考えること、向き合うこと、
人生そのものを、放棄したくなる。

起こるかもしれないことや
そのときの自分の心情を予想して
次の一歩が出せない。って、
どんだけ自分が可愛いんだ!


いまよりもっと
自分らしく生きたい気持ちと
このまま
窮屈だけどあたたかい場所で
平穏無事にいたい気持ち

今いる場所がずっと平和とは限らない。
いつ何時、予想外のことが
起きるかもしれないのに。
…そんな脅しは、役に立たない。

ダメだったらそのときは
決まり悪そうに帰ればいいんだよ。
終電を逃したときみたいに。
…そんな慰めでは、打ち克てない。


想いを実現したかったり
失いたくなかったり
わたしは、わたしが思う以上に、
自分のことを好きなんだなあ。

いまの葛藤状態は
向かい風の中で
傘をさしたまま
無理に進もうとしているみたいだ。

肩の力を抜こう。

急ぐのをやめよう。

世界をたのしもう。

誰かとの比較を前提に
「素敵な未来」を描くのはやめよう。

わたしが心からたのしいのなら
それ以上も以下も存在しない。

ダメな自分も好きだけど、
フルパワーで生きる自分を見てみたいんだ。

思いわずらうことなく愉しく生きよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

こんな瞑想もアリ

前々から気になっていた
野口整体の活元運動
自由が丘の整体院大地
教室を開いていると知って
オットの整体がてら行ってみた。

体を使った瞑想でした。
わたしにとっては、すくなくとも、間違いなく。

導入運動で体をゆるめたあと
自然に体が動きだすのを待つ
動き始めたら身を任せる
終わるときは体に合図を送る

わたしはイワユル瞑想が苦手で
雑念が次々浮かんでくるうちに
どーでもよくなってしまうのだけれど

体に耳をすませている時間は
考えているようで、考えていない。
こうしたらキモチイイ
こうすると痛すぎる
さぐりながら、ただ、体を動かす。

終わった後、体と同じくらい
頭もほよ~んとしていてお茶をこぼした。

きっと、いまだからできたのだろう。
野口整体も活元も1年以上前から知っていた。
でも、行ってみようと思う整体院も教室もなかった。
身体感覚とつながって
遠慮なく実行する経験があって
ようやくたどりついたのだと思う。
去年なら、他人と同じ空間で、
あんな風には動けなかった。

続きを読む "こんな瞑想もアリ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

まいど!

近所の八百屋のおじちゃんが
「まいど!」と言って、メロンを一切くれた。
地物の朝採り野菜が買える貴重な店。
週に1度、ほんの1,2品買うだけの客だけど
覚えていてくれてうれしいなあ。

日曜のバイト以降、どうも、
虚無感から抜け出せずにいる。
全速力で走った後、ペースを落とせないような
走る場所がなくなって、困っているような
クジラというよりマグロだ。止まると死ぬ。


絶望の裏には期待がある。

虚無の裏にはなにがある?


風呂場のタイルの目地がカビはじめた。
普段の風呂掃除担当はオットだが
床や壁は目に入らず、気にもならないようで
さんざん言い続けて2年前に1度やったきり。
あきらめて昨年末に自分で磨いて
カビキラーも使ってきれいにしたのに、
半年で元の木阿弥。

このカビをきれいにする方法
・自分が磨く
・オットに言い続ける
・掃除サービスを頼む
・いっそのことリフォーム

・・・どれも無理。
磨いたり説いたり業者探したり
通帳とにらめっこする気力がナイ。


人生から逃げたくなる。


最近はめっきり過食もしなくなって
1日2食、腹9分目
おやつはたいてい煎餅か野菜
だけど体重はベスト+4kgキープ
腹の肉はどんどん存在感を増している。

グラウンディングのためなのか
変化を怖れる気持ちなのか


はっきりしているのは
いまの自分を好ましく思えないということ
つまり、自己愛が足りない。

言葉にするのは簡単だ。


まいどお馴染みの袋小路
抜けられそうで抜けられない。

自分は何がやりたいのか
どんな自分でありたいのか
イメージがあればとべるのか

わたしはなにをおそれている?

もうすこし
もうすこしで
この世界のすべてを信頼できそうなのに

| | コメント (2) | トラックバック (0)

うごけない

だるい。とんでもなくだるい。
理由はまったく不明。
頭ははっきりしているし、
気分は落ち込んでいないし、
眠いわけでもないのに、動けない。

おなかすいたのに
シャワーしたいのに
洗濯したいのに!

PCの前にいるのだから
書きそびれている日記を書く
絶好のチャンス、
しかしそれも無理っぽい。こまった。

こういうときは
動きたくない自分というのが
どこかにいるはず。
探して、事情を聴いてみよう。

怒らないから出ておいでーと思ったら、
答えがふってきた。
ふと、カレーを思い出したのだ。
カレーといえば昨日の昼にがっつり食べた
カレー風味のポークソテーだ。
しかも目玉焼き付き。
おいしくたのしくいただいたのだが
あれの消化吸収にパワーを
とられているのか。なるほど…

なにか助けになることはないかな。
白湯でいいのかな。でも喉は渇かない。
さっきから桃を食べたいけれど
これはどっちの欲求だろう。
もうすこし、体に訊いてみよう。

外に出て歩いた方が
よさそうな気がしてきた。
善処します。

続きを読む "うごけない"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ウミガメを見習え

ひとつ、壁を越えた!
そう感じてからほんの数日で
次の壁がやってくる…

正直しんどい。
でも、振り返ってみたら
すこしずつ上手くなっている、かも

過食衝動はなくなった
酒に溺れる時間も減りつつある
なにより体が受け付けない
信頼できる人も増えた

対人関係への取り組み方は
4月に参加したWSで体得
(清水から飛び降りた甲斐があった!)

以前なら躊躇して言えなかったことを
オットに、親に、職場の人に、旧友に、
言えるようになっている。順番に。
すこしずつハードルが高くなるよう
誰かが設定したみたいに。

やり方が見つけられなかったら
助けを求めさえすれば
ヒントをくれる人がいることもわかった。
助けを求めて良いことも。

逃げたい自分に気づいて
逃げたい自分をゆるして
逃げたい自分と向き合って

寄せてはかえす波のように
壁は次々現れるけれど
ときには流されたりもするけれど

神様の遣いだというウミガメだって
何度も何度も波に押し戻されながら
ひたすらに海をめざしている。

休みながら、あきらめずに、海へ向かおう。
すこしずつ、泳ぎをおぼえよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ウツびとの願い

おととい仮面を外して
すっきりしたのも束の間
昨日から鬱モード突入

早朝すっきり目が覚めたのに
そのままずるずる寝入って
まんまと寝坊してバイトを休む

ああ、貴重な収入源なのに
今後ますます頼りにするはずだったのに
やっと行き着いた居心地の良い場だったのに
信頼を失ってしまうのか。また。

不登校の子どもについて
話をしたのだ、昨日。
自分の出社拒否の日々と
それからの試行錯誤を
思い出してしまったのだ。

それから、我が家の資産が
一向に増えないどころか
減らしている自分への落胆。
暮らしに必要な物はあるし、
食べる物に困ってもいない。
だけど、ヒーリングやボディケア
講習やワークショップに
ばんばん投資する気になれない。

増えたらなにをするのか?
どう有益に使えるのか?
それが具体的でないから
引き寄せられないのかもしれない。

社会や組織になじめない
子どもや大人が羽根を休めて
作物を育てたり、美味しいものを食べたり
泳いだり、歩いたり、誰かと笑ったりして
力を蓄えながら、
自分を殺すことなく生きられる方法
折合いの付け方や働きかけ方を
見つけられる場所を作りたい。
・・・こう書いてみると、漠然としている。
誰よりわたしが欲しているのに。

時代が変化するときは
とどまることを良しとする人と
あたらしい価値観を生きたい人が
共存するのだろう。

いま、その隙間で
とどまることもできないまま、
見切りを付けられなかったり
希望が見出せなかったり
独りで進めなかったりする
たくさんの苦しむ人々に、
居場所と仲間を作りたいのに。
作っている人を応援したいのに。


かみさまほとけさまごせんぞさま
どうかわたしを導いてください。
身をゆだねられるつよさをください。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

自覚して、演じる

今日、ふとしたきっかけで
自分が演じてきた「役割」に気づいた。
他人と円滑な関係を築くために
必要だと思って身に付けた仮面。
いまとなっては不要なのに
普段は外して暮らしているのに
似た状況に直面すると、
ついクセで演じていたキャラ。

その「役」は、実のところ
「素」のわたしの一面でもある。

こどもが"可笑しな動き"を
わざと繰り返してみせるのは、
大人の反応を見て
"こう動けば機嫌よく笑ってくれる"と
学習するからだろう。
最初は、たのしくてやっているだけの
自然な行動だったのに、
途中から動機がすり替わる。
期待に応えたい気持ちとか
可愛がって欲しい気持ちとか

わたしたちはそんな風に
たくさんの「役」を身に付ける。
社会生活を送る中で、
いつの間にか。無意識に。

問題は
「役」の内容や出来ではなく
自覚的であるかどうかだ。

かつての自分なら
「役A」が定番だった状況で、
いまもそれが相応しいとは限らない。
「役B」もしくは「素でOK」かもしれない。
でも、なにを判断する前の段階で、
「役A」を演じ始めてしまう。条件反射。
心と身体が乖離していても
無意識だから気づけない。

わたしの場合は、この歪が、
暴走や記憶喪失の引き金か?


故意の乖離、つまり、自覚していながら
心にそぐわない言動をとる頻度は、
だいぶ減らしてきたと思う。
比例して、日常的なストレスは減った。

最終的には、いついかなる時でも
演じることなく素で居られたら一番いい。
そのままの自分で大丈夫と
フィルタなしで言動できるのがベスト。

でも、いまのわたしには、
まだちょっとハードルが高い。
自己愛、自己信頼が足りない。
だからせめて、意識的に演じたいと思う。

「役」に気づくまでが、難しい・・・
意にそぐわない状況が生じたら
それがサインかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

抜けきらない

またやってしまった。
酒飲んで大暴れ。記憶なし。
叔母に貰った真珠ピアス、
片方行方不明…!
オットによれば、家に着いたときは
きちんとあったらしい。
天然石に限ってなくなる。
この家にはキラキラ好きの
カラスが忍んでいるのか?

困ったときのホラリー
見つかるサインは出てなかったので
おとなしくあきらめますか…


ここんとこインチャイと
仲良しだったつもりなのに
クジラペンダントも持っていたのに
昔馴染みの仲間+オットで
ポジショニングが難しかったのか?

先日、もう母の愚痴聞き役はご免だと
引導を渡したんだけれど
まだまだ、インチャイと通じ合えていないかんじがする。
これまでの役割・ポジションから
抜け出しきれない。

セルフセラピーカードをひいたら
ネガティブ→SHARMANIC TEST(初!)
ポジティブ→VISION

先月末しずさんにお願いしたオラクルカードも、
VISIONだったな…
まだ同じプロセスなのか…

続きを読む "抜けきらない"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

破壊願望がやってきた

もやもやむにゃむにゃうだうだ
あああああああ、いらいらする!

おとといとその前の日は
ジョギングでごまかしてみた。
たった2km程度だけれど
目標を定めて、クリアするのは気持ち良い。

でも今日は
外に出る気がしない。
着替えたりコンタクトいれたりが出来ない。

叫びたい。
壊したい。
暴れたい。

当然のように暴飲暴食
なんだけれど
甘いものは気分じゃない。
脳天がしびれるほど辛いものや
しょっぱいものを食べたい。
しょうゆをごくごく飲みたい。
海水に浸かるように
潮たっぷりの風呂に入ろうか。

新井素子の小説に
塩をつまみに日本酒を嗜む
やわらかな女がいたっけ。
添い寝を仕事にしていて
最期は自ら命を絶つのだ。

菜食には塩分が多めに必要らしい。
野菜や果物に多いカリウムを排出するときに、
ナトリウム(塩分)も一緒に出るから。
薄味好きな我が家がたまにジャンクに走るのは
塩分補給のためかもしれない。

時期的には排卵前後
そのわりに、帯下に変化はない。
レディデイにもシダは見えない。

なんだなんだこの感情は
悔しい?もどかしい?
クッションを口に当てて
腹から声を出してみる。

人生が重い。
自分に対する自分の期待が重い?

今週の水瓶座は
長期的な指針の決意を固めたり、
「あるべきように」ありたい
という凛とした方針が前面にでたり、
物事を起こす意欲に燃えたり、
とにかく、踏ん切りをつけるらしい。

どこを踏めばいいのやら・・・
足場を見つけられない自分を責めたくなる。
自責や自滅はいちばん簡単な方法だ。
でも、それでは進まない。
もう、そんなに弱くない。

くじらが潮を噴き上げるように
大きくのろしをあげるように
声の限りに叫びたい

わたしを、泳がせろ。

…だれに、なにに、言っている?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブッシュフラワーレメディ

このまえの新月(3月27日)に
ちょうど届いたブッシュフラワーレメディの
“マイセレクショション”
ニュージーランドヘルスショップ
キャンペーンにぎりぎりセーフ滑り込み!

自分をゆるすこと
バランスをとることを目標に
選んでみた7つのエッセンス

・リトル フランネル フラワー
遊び心を取り戻す、肩の力を抜く。

・シー オーク
肉体的な原因以外の理由による不妊。

・ダガー ハキア
感情を外に表現し、相手を許すことを助ける。

・ブルーベル
何かが欠けていることへの恐れ、強欲、頑固。

・ブッシュ フューシア
男性性と女性性を統合
問題解決能力を助け、直観力へとアクセス

・ヒバーティア
他人の優位に立たなくても、自分自身や、
既に持っている知識と経験を受け入れて満足できる。

・イラワラ フレーム トリー
拒絶されることへの強い恐れ。
自分を頼り、認めることができる。

参考:  ANGEL'S GARDEN


いまのところ忘れずに
朝晩7滴ずつ摂取しています。

このタイミングで
髪を切ったり
仕事をもらったり
ワークショップに参加したり
次のステージの仲間に出会ったり
いとしさ、せつなさ、心強さを感じたり

リンパが痛くなったり
下痢気味になったり
のどが痛くなったり
地団太を踏んだり

そんなかんじで過ごしています。

あしたは満月。
満ちては欠ける
ただそれだけのこと。。。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

人の振り見て我が振り直せず

“他人は自分の鏡” というのは
最近の心理学やスピリチュアルで
よく語られるルール。

この場合の他人には
親、友人、恋人はもちろん
電車で乗り合わせた人だとか
街中で目に付いた人も含まれる。

たまたま行き会った道端の喧嘩も
自分自身のなにかしらの
葛藤の表れかもしれないということ。

その“なにかしら”は
思い当たらないことも多いのだけれど、

逆を言えば、
すてきだなあと感じる人も
自分の一面と言えるわけで、

アンテナにひっかかったら
ひとまず、自分のことを客観視する
きっかけにすればいいように思う。


イヤだなと思ったら自己反省
イイなと思ったら自己肯定
できないときは、放置。先送り。


続きを読む "人の振り見て我が振り直せず"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

怒りは許しポイント

なにかにイラっときたら
自分を責めているサイン


掃除してくれない人にイラっ
⇒掃除すべきだと思っている自分

仕事態度が悪い人にイラっ
⇒熱心でないとマズイと思っている自分

分かってくれない人にイラっ
⇒なんでも分かると思っている自分


イラっとしなくなるには、
自分の価値観でしかないのだと
観念すればいい。のかな。

実は、その価値観が自分にとっても
窮屈だと気付いたときは、
書き換えてもいい。

つまり、自分への規制をゆるくする。

もっと、生き易くなる。

気付かせてくれる
"イラっとさせられる人"に
感謝できれば、尚良し。
精進精進。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

心の声、体の声

昨年お世話になったヴォイスヒーラー
渡邊満喜子さんのメルマガから

あるときから「体が泣く」「体が笑う」
という体験をしていて、
感情も意識も切り離されたところで,
それが起こることを知っています。

もしかして
わたしの飲酒記憶喪失にも
そういう要素があるかもしれない?

意識では認知できない、したくない
ウサや哀しみを放出しているとか。

いつか、意識的な自分が
そんな自分をゆるせるようになって、
いつでも、ひとつの自分で居られたらいいな。


前の記事に「親は他人」と書いたが、
いま一緒に暮らすオットももちろん他人だ。
外出後に食事の仕度をするのに
お酒を飲まずにいられない気分になるのは、
本当はやりたくないのか、
それともただのポーズなのか?
これについては、もうすこし考えてみよう。


渡邊満喜子さんのヴォイスヒーリングについて
このタイミングで書いてみる。
わたしは、個人とグループを1度ずつ受けた。

続きを読む "心の声、体の声"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大人の階段

前の記事を自分で読み直して

わたしはどこでも誰とでも
わたしのままでいいはずなのだ。

このことに自信がないから
お酒に傾倒しているんだと思った。


誰かの望みを叶えるべく演じるため
誰かの目から逃れるべく誤魔化すため

この“誰か”とは、自分だ。


本心に従って動くことから予想される
反発やリスクを回避しようとして、
つまり恐怖心から安全策をとりたい自分は
巧妙に“他人の目”を使うんだ。

他人から、世間から、
かわいい自分が非難されないように、
先回りしてコントロールしようとする。


自分が感じる“他人の望み”は
自分がつくりだしたもの。


わかっているつもりだったけれど、
わかっていなかった。
ツメがあまかった。
親も他人だということを忘れていた。

親が○○だから、△△と言ったから、
というのも実は、
親の中に自分を見ていただけ。
ていのいい言い訳だ。

この歳でようやく気が付いた・・・
やっと親離れかな(笑)


愚痴を言う自分に気付いてから
誰かのせいにしないように
やってきたつもりだったけれど、
最後の砦の階段を登りはじめた気分。

その砦の先にはもちろん、
次のステージが待っている。
人生は、修行という名の遠足だ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

飲酒に対する罪悪感

謎、解明! というか
ちょっと見えたかも。

罪悪感
親に対してだけでなく
「お酒を飲む自分に対して」
持っていることにふと気付いた。

わたしの母方の女性は
ほぼ飲まないに等しいからか、
わたしがお酒を好むことには
暗黙の“壁”があるのだ。


良くも悪くも、男らしさの象徴。
時には“豪放磊落”の演出。
それから、矛盾するけれど、
だめな自分への免罪符。

お酒は体に悪いという情報に
支配されてもいる。
百薬の長でもあるはずだが、
開き直りの言い訳に響く。


わたしはお酒が好きなのか?
それとも依存しているだけ?

続きを読む "飲酒に対する罪悪感"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

記憶の謎

例によって実家にて
たんまり酒を飲みくだを巻き

二日酔いで起きた朝、
自宅に帰ったところから
ぱったりさっぱり
記憶が無いとわかったものの、
さすがに慣れてきて(笑)
たいして気にも留めなかったが

オットが何気なく
「さみしかったの?
 大泣きしてたけど。」
と言うのでびっくり。
まーったく覚えていない!
理由も思い当たらない。

こじつけるならば
お酒の力を借りて
親に言いたい放題言えて、
インチャイが開放感に
浸っていたのかな~と。
どんだけ甘え足りないんだ?
けっこう我侭させて
もらってきたと思うんだけど。

なにか学び取るべきことは
あるかなあと考えてみても、
あまりピンとこない。
“自分を許す”練習?

こういうときこそ
カードを引いてみよう。

続きを読む "記憶の謎"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

なにも起きないということ

自分の24時間を
捧げられるものがなくて、
それに出逢えない自分を
不甲斐なく思っていて、

でも
なにも起こらないような
平穏な日々があること自体
実はけっこうしあわせだし、
なにも起こらないならば
なにか起こせばいいだけで、

可能性の幅が広すぎても
進みづらいのはたしかなんだけど

受身でいる方が、
”対処する側”でいる方が、
得意なのもたしかなんだけど


・・・なんて、落ち着いて?
考えられるようになったと同時に
暴飲暴食もおさまった。

動くたびにつっかえる腹の肉とか、
ひさびさに見た
体重計 5X kgの表示とか、
満月が過ぎたからとか、
黄体期に入ったとか、
一番食べたかったものを
食べたいと言えたからとか、

きっかけはともかくとして

基本ナントナク受身でいる自分に
気付くための期間だったのか?

やれやれ。
面倒かけるねぇ、体よ。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

愚痴

いまから5年くらい前
派遣社員として勤務していた職場で
「同僚に愚痴を言うのはやめてほしい」と
忠告を受けたことがある。

わたしとしては愚痴ではなく、
改善すべきことを伝えているつもりだったが、
たしかにあれは愚痴だった。

自分以外のせいにすること
自分以外のなにかに期待すること
それが、愚痴だ。

すべて自分次第なのだとわかったいま、
愚痴を言えなくなったわたしは
ひたすら自分と向き合っている。
否、向き合えずに逃げている。

5年前より進歩してるならば
いいじゃないか。
だいじょうぶ、わたしはがんばっている。
千里の道も一歩から。

希望があるから怖いのだ。
マイナス思考は
プラスを知らなければできないのだ。

自分の失敗をわらえるのは、自分だけだ。
どうせなら気分よく笑いたい。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

自棄になって悪いのか?

どんなに屁理屈つけてみても
わたしの毎日が
生産的な予定で埋まることはなく、
布団からは抜け出しても
アルコールに頼る始末。
あいかわらずあれこれ
食べ散らかして
土鍋で炊いた玄米も
炒り大豆も、プリングルスも、
クッキーも、ちょこっと食べておしまい。
おなかはいっぱいで
心臓はばくばくで
それでもまだなにか足りない。

バリ島ガルンさんのリーディング
とにかくこもっていないで外に出るように
アドバイスがあったけれど、
だって用事がないんだよ。
用事もないのに
着替えたり
コンタクトつけたり
やってらんない。
お酒を飲み始めると今度は
こんな酔った風貌で
こんな昼間から出歩けない
なんてことを思う。
どこまでチキンなんだろう。


でもそれがわたしだ。
それが、わたしだ。
誰も咎めてなどいない。

続きを読む "自棄になって悪いのか?"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

うさぎ跳び

アルコールの分解には
食べ物が必要なのだろうか?

ぐうたら酒を飲んでいると
どうしても何か口にしたくなり
ぜいたくなことに?
なんでもいいわけでもなく
ひたすら
気分に合うものを探しまわる。
買い置きはあまりないので
妥協するときと
あきらめるときと、半々くらい。
しかも以前のように
ムキになりながら食べつくす
(スナックなら一袋全部とか)
というのがないので
また次の食べ物を探すことになる…
餓鬼のようですね。

この地球には
空腹でも食べる物がなかったり
選択の余地がなくて
「好きな物」など思い浮かばなかったり
食べるために日々の労働が
欠かせなかったり
「おなかがすいた」感覚など
麻痺している人だっているのに、
豊かさは、物と心で反比例するのか?

わたしの心は「満腹」を鈍らせるほど
なにかに飢えている。なにに?

続きを読む "うさぎ跳び"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

うつと薬と食事

れっきとした精神科医の中にも、
「うつは薬で治せる」と
言わない方もいるんですね。

宮島賢也医師が提唱するのは
 言葉を変え、食事を変え、
 考え方を変えて、自分でうつを治す

かめおかゆみこさんのメルマガ
「今日のフォーカスチェンジ」に紹介されていた
あづまやすしさん主催のチャリティセミナー
「うつは薬じゃ治らない!」で知りました。

なかなか過激なタイトルです。
内容はこんなかんじ

★精神科の診断基準の原則と危うさ
★精神疾患の症状は、誰にでも出うる
★うつになる原因
★薬ではうつの原因が取り除けない
★栄養状態、食事のストレスの重大な影響
★食事の改善方法
★考え方、人間関係の重要性
★うつになりやすい「考え方」とは?
★「考え方」の変え方
★うつになりやすい「人間関係」とは?
★「人間関係」を改善するコミュニケーション法


何年も何年も、薬と医師を信頼して
必死で生きてきた人にとっては、
知りたくない、聞くのが怖い話かもしれません。

それでも、もし、一歩の勇気があるなら、
他者の見解に片耳だけでも傾けられる
心の余裕があるなら、
トライする価値のあるセミナーだと感じます。
聞いた結果、やっぱり薬だ!
と思いなおしてもいいわけだし。

ご本人でなく、家族や友人の立場や
セラピスト・カウンセラーの方にも
役立ちそうですね。
わたしは先約があって行けないのですが。

セミナー詳細、お申込みはこちらへ
http://www.556health.com/archives/2009/02/utu_diet.html

続きを読む "うつと薬と食事"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゆるめる

体(内臓)をゆるめるのは
ゆる体操があるけれど

心をゆるめるには
どうしたらいいのかな。

なにが困るってそもそも
心が縮こまっていることに
気付かないことなんだけど。


そんなことを考えていたら、
樹音さんのブログにヒント発見

 砂糖や甘いものは本来、
 体が大量摂取したがるものではない。
 心や体をゆるめたくて、欲している。


つまり、そんな風になった時は
心が縮こまっているサインってこと!

わたしの場合、お酒もこの法則だな。
嗜むレベルでなく飲みたい時、
飲むのを止めたくない時、
できれば酩酊して眠ってしまいたい?
見えない意識していないナニカから
逃れたくて。

満腹なのに食べたい時は
ナイことにした感情
見過ごしている気持ち
ブラックホールみたいな空虚を
誤魔化している。


もし、そんな自分に気付いたら、
そうだなあ…
ベランダに出て深呼吸しようか。
なんでもいいから書くのもいいな。
キャンドルを点けてもいいかも。

続きを読む "ゆるめる"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

悪あがき、揺り戻し

光が見えていても
足が前に出ない

手をかける場所は見えても
体を引き上げる自信がない

思考を止めたくて
アルコールに逃げる

わたしの中に在る
光はまだ見慣れなくて
まぶしくて
照れくさくて

すべて終ればいいのにとか
なにも知らずにいればとか

逃げたくて逃げたくて
わたしはわたしを持て余す

この力を無駄にしたくないならば
わたしが表へ出すしかない
足りないのは、覚悟、気力…

億劫で、面倒で、
そんな仮面をかぶった恐怖感

この光をうとましく感じる人も
たくさん居るとわかっているから

わたしは孤独が嫌いだ
(動物占いは羊aries

自分を発揮したことで
直面してきた、願わざる反応

お節介
ズケズケ言うな
時間が必要
いまのままでいい
めんどうを起こすな

…足がすくむ
逃げたい逃げたい逃げたい


スピリチュアルコーチの珠帆美汐さん
わたしの光を真っ直ぐ受け止めて、
反射させて、未来を照らしてくれた

ミュージカルという手法で
エネルギーを発揮させ、循環させる
かめおかゆみこさん
たのしんだもの勝ちと言っていた
自意識から抜け出した人から
どんどん楽しくなり、上手になる


自分を大事にしながら
他人を大事にする方法
いつでも100点がとれるものではなく
とる必要もないのだろうけれど

マイナス反応を起こしてしまった後の
他人のケア、自分のケアが不安で
…つまり杞憂だ。


動き出してみて、止まって、
戻って、選びなおして、
また動いて、行ける所まで

そうやって進むしかないんだよなあ

責めず、焦らず、追い風を待とう




| | コメント (0) | トラックバック (0)

敵と思えば、敵

日参している樹音さんのブログ
ふたこぶ にあった

体に悪いものなんかこの世に一つもない、
ただ「悪い」という本人の意識だけが悪さをするんだ

という文言から
そうだよなー
わかってる
でも
体に悪いと思っているもの
結構あったりして

・酒
・煙草
・白砂糖
・電磁波(電子レンジ)
・添加物
・化学薬品
・人口調味料
・動物性油脂

あと、過度なもの。
塩分とか音量とか
これは良くないだろうな。
だって体が嫌がるもん。

油たっぷりの料理を食べ過ぎると
数時間でおなか反応、即排出。
これは正常なのか
過剰なのか

冷えとり道を究めている
お~がにっく屋ウィルのいそちゃん
酸化したものを食べると
即 排出するらしいが・・・

絶対に正しいものなどない。
しかし頼みの自分の感覚が
鈍ってしまっている昨今
マクロビとか不食とか
わかりやすいルールに走りがち

わたしのなかでは
天然成分はOK
化学製品はNG
とすることが多い

これも、果たしてどうなのか?

続きを読む "敵と思えば、敵"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

酒と過食の果て

3日ほど前から
左手の親指の付け根から下、
手の甲の右側面が
へんなかんじ。
皮が厚くなっているみたいな
わずかに麻痺しているような
しびれ続けているような
昨日よりは普通のかんじに
近いんだけれど、まだ変。

左の親指だから、
母親問題かな~?と、こじつけ。

単に酒の飲みすぎで
脳細胞がやられているとか
毛細血管が詰まっているとか
そういうことかもしれない。

3晩続けて、酒と過食暴走。
さすがに今朝は気持ち悪くて
いまも頭がぼーっとしている。
まだ、お酒にも手を出していない。


昨日もおとといも
お酒を飲み始めるまでは
それほど食べないし、
なんだか憂鬱、という程度。

お酒でスイッチが入ると
ひたすらなにか食べ続ける。
満腹中枢を麻痺させつつ
満腹にならないペースと量で
小動物のように食べ散らかす。

おなかがいっぱいになったら困るのだ。
お酒で自意識をゆるませて
心の奥底の欲求をほどいて
でも、うまくアピールできなくて
食べ物を詰め込んで
誤魔化しているのだから。

そこまでわかっていても
なお、わたしの欲求は
素直に表に出ようとしない。
いや、それを良しとしない自分が居る。

そんなチャチな自意識が
朦朧とするまで心身を追い詰めて、
ようやく昨晩、原因を吐き出した。

続きを読む "酒と過食の果て"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

溶解

仕事に行けない理由がやっとわかりました!

自分らしさを抑制しなければならない状況に怒り、
自然体でいることを優先して、職場を避けていたのです。

数週間前のこと
良いことが出来た♪と喜んでいたところへ
想定外の、不可解な、凶悪な反応。
ハミングしていたら突然殴られた、
そんな衝撃でした。
いつもは理性で防御しているのに
そのときはほとんど無防備だったから。

ここで我を抑えてしまったら
自分を否定することになる。
それは絶対にイヤだった。
でも、また傷つくのもイヤだった。

ほんの数週間だとしても、
心を殺して働くのは耐えられない。

…こんなことでこの先
社会でやっていけるんだろうか?
いささか不安ですが


ともかく、社会的世間的にはどうであれ
わたしはわたしのために、怒っていい。
なんで殴るのさ、痛いでしょ!って。
せめて自分自身は、その声に気付こう。

この前のリーディングにあった
「大丈夫なふりをしなくていい」は
このことだったんだなあ。
わかるまでに10日もかかってしまった(笑)


この1週間のうちに何度か、
ホメオパシーのレメディ
スタッフサグリアを摂りました。
"抑圧に対する怒り"に効くのだけれど、
いまいち怒りの対象がわからなまま
夢のお告げに従ってみたのですが、
てきめんでしたね~。
暴飲暴食がおさまったり
気分が上向きになったり
さっき、ダメ押しでもう1粒。
要らない感情は、全部出し切らないとね。


あぁぁぁやっと心がほどけた!
しんどかった~~
ほぼ3週間、ちぢこまりっぱなしだったので。
数をこなせばもっと早く気付くようになるかな?
精進精進…


| | コメント (2) | トラックバック (0)

病名という仮想敵

わたしが勤めているのは
典型的な、古来の中小企業

会社に行きたくない
自分の気持ちを優先して
毎朝、時には昼過ぎに
連絡をいれ、有給をとり
週末などとつながった結果
約1週間休む。
というのを半年で3回やったら
退職勧告が出た。

まあ、当然なんだろう。
他の社員が真似したら困るとか
管理不足だと指摘されるとか
みんな自分のことが可愛いのだ。

わたしも、可愛い自分を守るために
意欲的に勤務するための要望を出したら
「病気を治すのが先でしょう」と言われた。
隙間風の吹く家で布団もなしに
風邪を治せと言っているように聞こえるのだが
世の中では違うのだろうか……

すんなり退職も悪くはないが、
いま佳境にあるプロジェクトは
もう少し見届けたい気持ちがあり、
わたしの能力が必要だと
上司も言ってくれているので、
「次回以降 発生した場合は
退職も厭いません」と文書を提出して
しのぐことになった。

それから、診断書の提出。
何度か精神科にかかっているから、
この程度の、「甘え」と判別つかない状態でも
「うつ病」と診断されるだろうことは予想できる。
でも、証明書のために行くのはなあ。

というのは、たぶん言い訳で
突きつけられるのが嫌なのだと思う。

いくら世間や会社向けの詭弁と
言い繕ってみても
「病名」がついた途端に
向き合う相手が「病気」やその「仕組」に
すりかわってしまいそうだから。

わたしは「病気」をなんとかしたいのではない。
「ありのままの自分」をラクにたのしく生きたいのだ。

先日受けたインナーチャイルドセラピーで
家を出るのが遅れがちな理由は
なんとなくみえたのだけれど
仕事に行きたくないのは、また別っぽい。

東京湾に面した海で
波打ち際のゴミや海草を避けて歩くのは難しく、
拾わなければ、また打ち寄せてくる。
藻にまみれたそのゴミも、よく見れば
いつか自分が捨てたものだったり、
海草は寒天がつくれる天草だったり、
曖昧な「ゴミ」の定義。
心の海をたのしむのは、自分次第だ。

いつも参考にさせてもらっている
「ひかりのあめ」の樹音さんが
見出した法則によれば

たのしめないときは
「睡眠」か「愛情」が足りない

会社からの愛情を
感じ取れたら、変わるのかな。
わたしが欲しいのは、評価なのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やめられない止まらない

ストレスのためか
過食傾向にある中
ひとつ、発見しました。

白砂糖や添加物は
中毒性があります。

自然食品系のおやつは
いくらか食べると
自然と食べるのをやめる。
それ以上、欲しない。

これが、白砂糖入りだったり
化学調味料が入っていると
止まらない、止められない!
なくなるまで食べ続ける確率が
とっても高い。

添加物を欲しているんだな、と
はっきり認識することもあります。
明らかにジャンクなもの
スナック菓子なんかを
脳が欲しがっているのがわかる。

無添加ポテトチップなどで
気が済むみたいです。
酸化油で誤魔化せるのかも。

やめられない
止まらない
その「おいしさ」は、罠だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

YOSA;目標は排毒不要

YOSAは、簡単に言えばハーブ蒸し。
よもぎ等を焚いた穴あき椅子の上に
サウナマントをかぶって座ります。
中に着るTシャツにはラドンが、
マントには炭などが織り込まれていて、
岩盤浴+ハーブ+αなかんじ。
老廃物を出し、代謝を高め、
諸々の体調不良に効果的。
基礎体温も上がるそうなので
不妊症にもばっちりです。

今回 yosapark iiyoさんで受けましたが
フランチャイズ化されているので
他のサロンでも基本サービスは同じようです。
わたしがYOSAのあとに受けた
ヒーリングアロママッサージはiiyoオリジナル。
(体験談は前の記事へ)

YOSAの前後には体組成計でボディチェック。
ミネラル豊富な緑茶や
さっぱりしたカシスジュースもいただいて
水分補給もばっちり。

10分ほど経過したあたりで
首の後ろがかゆくなったのですが 、
ここはよく滞る排毒通路で
アトピーが出やすい場所だそうです。
45分間、滝のように汗をかいて、
毒も流れて、さっぱり!
体脂肪も減っていました。

その夜は、肌つるつる。身体ほかほか。
火照っているのではなく
気が付けば薄着で過ごしているかんじ。
白い糊のような
ぺったりとした帯下があり、
指にとるとすこし伸びたので
排卵はどうなのかな~と
ちょっと気になりましたが
まあいいか、と忘れてしまいました。

メニューがおわったあと
オーナーの中山さんとゆっくりお話する中で、
「凝らないコツ」を教わったのです。

マイナス感情や執着を
手放さなくちゃ、流さなくちゃと
義務にしてしまうのではなく
他人事のように
ふうん、そっか、そう思ったのね
と認めてあげる。

こだわって深追いしたり
無視して抑え込んでしまえば
滞りになって病気になる。
(うつ病も不妊も関係ありそう)

思ったことをそのまま言っては
周りに毒を撒き散らすことになり
それは自分に返ってくる。
(情けは人の為ならず)

どんなことを思う自分も自分だと
ただ認めてあげる。
良し悪しの判断も、しない。
こんな風に思うわたしって!と
責めたりするのはもっての他。

感情は瞬間のもの。
自分の本質・本性ではなく
浮かんでは流れていくものだから
消えるにまかせていればいい。

自分の感情が形(言葉、表情)を為す前に
気づいて、見つめて、忘れる。

簡単にはできそうにありませんが
どんな自分もゆるせれば
どんな他人もゆるせる。
心穏やかに日々、瞬間を過ごすために
練習を積み重ねようと思います。


そんな風に、さらりと
深遠なお話をされる中山さんは、
すごーくほめ上手でもありました。
毒をためずに過せるようになる頃には、
個性を発揮していくでしょうし、
こどもとも縁があるでしょう、と
うれしい予言もいただきました。

サロンもとてもよい雰囲気で、
開放感がありながら
YOSAやマッサージのスペースは
間接照明で落ち着いていて、
中山さんそのままのような
ニュートラルな、ほっとする空間。

先月から残業続きだったので
なにかボディケアを、と思い
いろいろお世話になっている
ヒーリングオフィス ブライト
オーナーさんのご紹介で訪ねたのですが、
こんな素敵なサロンとのご縁をいただいて
ほんとうにありがたいことです。

こうしたギフトも、果報などと謙遜せず
感謝の心ですなおに受け取ろうと思いますnotes

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「しんじゃえばいいのに!」

「あーあ。つまんなーい」
「みんなだいっきらい!」
「ばーか、しんじゃえっ」

この子たちが
わたしの腹の中に溜まって
カチコチになっていた。

YOSA iiyo のオーナー
中山さん独自の
アロママッサージは凄い。

たっぷりのアロマオイルと
やわらかな手のひらで
わたしの身体を的確に読み取って

自然界のメロディにも似た歌声
鳥のさえずりのような舌打ちや
かろやかな口笛を使って

お腹に入りきらず腰骨や股関節や
甲状腺にも詰まっていた“凝り”
体内に滞ってしまった心の澱を、
丹念にほぐしてくださった。

中山さんの口を通じて次々出てくる
こどもっぽい言葉がその正体で

腰や肩では「ああ、退屈。つまんな~い」
オフィスワークでたまった鬱憤?
しょっちゅう持て余しているけれど
たしかに口に出していない。

骨盤や腹では「みんな馬鹿。だいっきらい!」
これはきっと母の感情。
「毎日毎日つまらない。」
「もう死んでもいいのに。」
母がこう言うたびに
いたたまれない気持ちになったもの。
やっぱり、母方のカルマや負の感情を
引き継いで抱え込んでいたんだなあ…

と、すっかり被害者気取りでいたら
中山さんはにっこりと
「あなたの感情ですよ」
親子は影響し合っているから
反面教師的に母に出ていたのでは。

そんなチャチな感情を
わたし自身がもっている?
半信半疑で探してみたら、
…ちゃーんといました! (笑)

気づいてみれば
懐かしくて笑ってしまうほど
子どもの頃よく思っていた
最近では馴染みすぎて
気に留めていない言葉たち。

なるほど、母方の女性達が
生殖器にトラブルを抱えてきたのは
「言いたいことを溜め込む気質」が
引き起こしてきたんだなあ、と妙に納得。

スピリチュアル的な何かや
細胞レベルの話はピンとこないけれど、
心が身体に与える影響・現象ならば
自分の体感から理解できるんですね。

喉からも「だいきらい」が出てきましたが
喉=甲状腺の凝りや詰まりは
素直に気持ちを言えていないから、とのこと。

これは、ホメオパシーのネイチュミュア
(Nat-m)が思い当たりました。
甲状腺の腫れやヘルペス、鼻炎、
長いあいだ溜め込んだ悲しみ、
自己憐憫の感情に作用するレメディです。
Nat-m気質は世話好きが特徴で、
子供の頃から大人の役割をしてきた人、
母親との距離が近すぎた人に多いそう。
こちらに詳しいです)

実際、翌日の夕方
喉に痛みが出てきたので
Nat-mを1粒摂ったら
すーっと痛みは引きました。
ダメ押しだったのかな?

思い返してみれば、
ヘルペスや扁桃腺炎を患ったのは、
言いたいことを言えずに
我慢していたときです。
涙も我慢していたら
鼻炎になっていたのかもしれません。


アロママッサージの前に受けた
YOSAの感想と
中山さんとの会話から見えてきた
今後の指針は、別記事にsoon


cuteリンク
yosapark iiyo(ハーブ蒸しとアロママッサージ)
ホメオパシー夢日記

| | コメント (0) | トラックバック (1)

天岩戸と鬱の法則

宮下富美夫さんの著作
「リズム絶対主義」のなかに
興味深い一説があった。
天岩戸の神話に
人の精神的成長が表わされているという。

 天照大神(本来のかがやかしい自分)が
 野蛮な他人(=自分の一面)の粗暴さに嫌気がさして
 岩戸に隠れる。(世の中まっくら=鬱状態)
 天鈿女神の踊りが気になって、すこし戸をあけたら、
 手力男神(強力な気付き・癒し)が開ける

わたしのヒーリング歴はまさにそのもので、
段階を追うごとに、ボディ系の力強さを
自然と選んできたようだ。

キネシオロジー IHセッション:
 筋肉反射で無意識の反応をさぐる
 ⇒生殖器系トラブルが女系カルマだと追認

ボイスヒーリング:
 誘導によって声を体に響かせる
 ⇒インナーチャイルドの感情を認識

アロママッサージ:
 体を晒し、手当てによるダイレクト感知
 ⇒カルマの正体と本当の自分を発見

この先は
目をしっかり見開いて
自分の光のつよさ、特質を知り
自分の影にとらわれないよう
この世界に慣れていく段階!
だといいなあ。


この神話において大切なのは
自分でこもった岩戸から
自力で出ようとしなくていい、ということだ。

わたしは先のステップの間に
オーラソーマコンサルテーションや
占星術や書物、カードリーディング、
音叉、レイキ、太陽や海や緑から
たくさんのヒントをもらってきた。

助けて!と声をあげたら
ここにいるよ、とノックをしたら
サインを受け取るべき人がきちんと見つけて
やわらかなアクションをくれる。

外の賑やかさ、暖かさが恋しくなったら
そっと戸を開けてみる。
一瞬開けてすぐ閉じてもいい。
最初は聞き耳をたてるだけでもいい。
戸を開けたら、光があふれる。
その幸福感だけを思い描いて。
未来は自分の意思が創るから。

照らすことによって影も出来るだろう。
でも、影があるから光がわかる。
陰影のない絵は、のっぺりとして味気ない。
どんな人にも、どんなものにも、あっていい。

影をなくすために真っ暗にしたり、
影を隠そうともがくより、
動き続ける太陽をあてにしよう。
その動きにゆだねれば、
いつかは影にも日が当たる。
日陰の水溜りも、いつか乾く。
日が強ければ強いだけ
影もくっきり現れるけれど、
いまそこにある影は、永遠の影ではない。
そして、わたしの影は、
あなたの光で消えることもある。


数多の天照大神が僅かでも戸をあけて
この世界が光で満たされますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

過食=自傷≒自衛

過食は自傷行為だ。
舌の荒れや歯茎の腫れを自覚していて
アルコールは舌にも胃にもひりひりして
胃がぱんぱんに膨れて苦しい感覚もあって
それなのに、やめないんだから。

夕食でお腹いっぱいになった昨日は
「これでは他のものが食べられない」と思った。
「つまんない」思いを腹に溜め込む代わりに
食べ物を詰め込んでいるのかも、と思った。
だとしたら、これは進歩なのか、退化なのか。

良し悪しに捉われすぎた反動もあるだろうし
ヒマや退屈を恐れているきらいもある。

いつだったか気づいたこと、
わたしは純粋にお酒を飲みたいときより
お酒を契機になにか食べたいときの方が
圧倒的に多い。
つまみに、となにか持ち出したら
お酒そっちのけで食べ続けている。

宴席でたばこが欲しくなるのも、理屈は同じ。
会話が途切れたときに
食べたいものがないとか
おなかがいっぱいとか
そうすると煙草で暇つぶししたくなる。

たぶん、止まりたくないから。

わたしのエンジンは高速回転が得意で、
相応しい場所できちんと機能させれば
疲れ知らずにサクサク働く、優れものらしい。

ただ、うまく使いこなせずに働きを殺してしまうと
それまでの軽さに反比例して
次に動き出すのが本当に重い。

セルモーターがついていなくて
キックでしか起動しないような
下手すりゃ押しがけしなけりゃダメな
重量級の大型バイクみたい。

ほんとうは低速でも
小型バイクより安定して走行できるのに
ゆったりとハンドルを握っていられない。
自分のトルク(力)を信じられなくて、
倒れそうな気がして、自滅しちゃう。

低速でのんびり走ることに
罪悪感があるようにも思う。
効率化こそ最良と信じて生きてきたからには
無為=非効率となってしまう。
無為=機能停止 ではないのに。

バックグラウンドでも、夢の中でも
根っこの自分はいつだって働き続けている。
意識を休ませて、無意識を働かせること。
無意識を信じること。

頭をからっぽにすることへの恐れを手放すには
自分という存在すべてを、肯定することだろう。
過去もいまも未来も、
たち現れる諸々の感情も、
良し悪しの判断なく、
在りのままをただ認めること。
生まれたての赤ん坊のように。
なれるかな?
なりたいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Down Down Down

Alice went down a big hole.
At last she came to a strange country.
She came to the wonderland.

「不思議の国のアリス」の一説
中学1年の英語の教科書から引用
(無駄な記憶力)

この低空飛行の果てに、
ワンダーランドに着くのなら
飛び甲斐もあるんですが

どーも駄目です。
4月末からアップダウンの繰り返し
先週なかばに持ち直して
ひさびさにヨガ行ったりして
でもまた崩れて。
不要品整理をすすめたり、
低気圧が去ってお日様が顔を出して
緑あふれる公園でお昼を食べても
やっぱり駄目で。

前みたいに、人生投げ出したく
ならないだけいいんですが、
浮上の足がかりが見えず
そもそも浮上する気が
あるのかどうかもわからず…

ただいまリセット4日目。
塊すくなめ、量多め
経血コントロールなんて
どこ吹く風~

今日のだるさは、たぶん
昨日の日本酒とタバコとケーキ
その時は気分良くて美味しくて
量もセーブしてたんですが、
疲労感たっぷり=肝臓が解毒に忙しい

などと思いつつ
今日もワインを半分。
20時までと決めて
アイスやらパンやら菓子やら過食。
お昼を社員食堂でとらず
パンで済ませた反動かな。

砂糖摂取、やめたいのに。

いま我が家にある菓子類は
甘さを全面に押し出すような
類のものではないけれど、
微量でも砂糖は入っているし、
どんな良いものも過食してしまっては
肝臓にも胃腸にも負担だろう。

粉物もやめられない。
昼のパンは砂糖不使用、
国産小麦なのでまだ良いとする。
夜の胡桃パンは、ベーカリーのものながら
添加物や砂糖がいくらか使われているのに
買ってしまったので、
さっさとなくしてしまいたかった。
本末転倒な衝動。

酔って食って泣いて寝て起きて
これを書いていたら夜が明けた。

昨日(おととい)の渡邊満喜子さんの
ボイスヒーリングセッション感想とか、
砂糖とへその緒についてや、
不妊と鬱と偏差値世代についての
考察なんかも書きたいんですが、
どうにも。

いろんなセッションや占いで出るのですが、
そして実感してもいるのですが、
いまわたしは、天職の変わり目にいる。
その変化に、うまく乗り切れない。
飛び立てない。
砂糖を断ち難いのも
そこに関係しているのだと思う。

ヒーラーさんにセッションを
お願いしようとも考えるけれど、
…実は、依頼メールは送ったものの
そのまえに食事管理と
不要品を手放しましょうとブログにあり。
それができないから
ジタバタしているのであり。

でも、ほんとうは知っている。
いま必要なのは癒しでなく、
自律の意思。
自分の空へ飛び立つこと。
砂糖はあまやかなバリア
打ち破らないと進めない

なにがそんなに怖い?
さみしがる理由もないでしょう?
理性はそう言うのだけれど
わたしのなかの子どもが
しがみついて離れたがらない

まずは3日、抜いてみようか。
1日でもいい。

自転車の練習で言えば
父母の手が離れても
補助輪がついている状態。
まず、車輪を宙に浮かせよう。

補助輪なしで自由に
好きな場所へ行かれるように。


cherryリンク
『聖なる癒しの歌―ヴォイスヒーリングへの道』 渡邊満喜子・著
絶版。図書館で借りて、いま読んでいる。

1日2食ライフ
朝食を抜くのはカンタン。
夕食を20時までにとる方がハードル高いです…。

砂糖の過剰摂取の害
食べてはいけないわけではない。
ただ、やめようと思っているのに食べてしまうのは、
中毒であり、依存である。
わたしはそこから脱したい。

パンや菓子を自分で作る気力があればなあ。。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヒーリング体験(音)

今朝の体温、36.5度。
ビミョウに下がっています。
もしや…
昨晩から足首も冷えてるし…
gawk

さておき
ソウルボイスヒーリングの話。
こちらは4月上旬に受けました。
よく訪ねるブログで知ったのですが
「音楽」というキーワードに
強烈に惹かれて
いつもなら躊躇うお値段にも
ひるまずに即 予約。

結果、大当たり!
血縁カルマを手放すことのできた
記念すべきセッションとなりました。
音と声の力を再認識。

お世話になったのは、コチラ
アロマサンドリーズ
HPの体験談コーナーに
わたしの拙文を載せてくださったので、
興味のある方は上記リンクからご参照ください。
 先日はすてきなセッションを
 どうもありがとうございました~(略)
 ~屋久島にも行ってみたい(略)。
というのがわたしが書いた
お礼 兼 感想メールの一部であります。

一般的なヒーリングセッションは
受けっぱなしになってしまうのだけれど、
レイキ交流会だとか
ボイスヒーリングだとかは
自分からのアクションが必須なので
「自分で動いてナンボ」な
エネルギー過多人間にはドンピシャ。

そして、歌も、レイキも、
特別な力や知識や道具を、特に必要としない
初心者へのハードルの低さ
日常への取り入れやすさが魅力でした。

セッション以来、ちょっと気が滅入っても
自然を感じながら鼻歌をうたえば
フラットな気分になれる。

こうして、バランスをとる方法を
ちょっとずつ学び中であります。

ソウルボイスヒーリングは
今月中に、また違う方から
受けてみようと思っています。
たのしみです♪♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヒーリング体験(気)

先週の日曜日
ヒーリングサロン・ブライトさんで
開かれた、レイキ交流会なるものに
参加してみました。

以前、なにかの検索をしていて
たまたま辿り着いたサロンですが、
馴染み深い土地にあったので
行く機会をうかがっていたら、
お手頃価格&ハードルの低そうな
交流会のお知らせがあり。

参加者5人のうち、初心者はわたしひとり。
みなさん気さくで、なごやかで、
お日様もあたたかく、居心地のよい空間。

レイキは本当にまったく初めてでしたが、
意外と体感できるものですねえ。
送ってくれる人によって、
電気風呂のようなぴりぴり感だったり
あったか~い空気だったり。

さらには、手をかざして
調子の悪いところをスキャンしたり
なんてこともやってみたのですが、
これまた意外と、感じるもので。
ひやっとした空気や、
するーっと流れない感じがするのです。

そのほか、算名学をみてもらったら
後述のソウルボイスヒーリングを
受けて以来 加速している
音楽への興味を後押ししていただき。

みんなでわいわいとやってみた
カードリーディングは、
かわいい絵柄に惹かれて
フェアリーオラクルカードを選びました。
出てきたのは [Financial Flow]
このブログテンプレートにも似た
青地に光がさす、きれいなカード。
フェアリーカードは初めてでしたが、
わりと即物的な、身の丈のメッセージで、
その頃 思案していた お金、
特に本職以外の収入源との
付き合い方について、
受け容れていいんだよーと
これまた背中を押してもらえたかんじ。

他の方々は大天使カードや
OSHO ZENタロットをひいていましたが、
不思議と、どれも思い当たる節があり
同じ場にいることの縁を感じました。

普段、ネットや本など
情報収集を目に頼りがちなことが
気にかかっていたので、
複数の人と気を送りあったり
お菓子をつまみながらあれこれ話をしたり
というフランクな交流会は、
バランスがとれて良かったです。

予定をオーバーして約5時間
やさしいエネルギーに
すっぽり包まれたおかげで
痙攣の止まらなかった疲れ目も
どこかへ飛んで、その後数日は
スキップしたいほど心身好調☆
(先週の元気の素はこれでした)

そして、今日気づいたのですが
祖母のトラウマ; 損失への執着から
受け継がれてきた「損得勘定」、
Financal Flow の後押しで
お金の出入りを受け容れてから
すこし、抜けたかもしれない。

スターオブヘツレヘム
先月、ふと思いついた
バッチフラワーレメディの名前。
メッセージは
「ショックを癒し、トラウマを開放」

レメディは買わず、
PCのデスクトップに
この花の写真を貼っていました。
すこしは引き寄せ効果あったかな?

シンクロって
気にしだすとすべてがそうだし
気のせいだといえばそれまで。
でも、意思によって結果はかわると
信じているほうが、たのしいapple


長くなったので
ソウルボイスヒーリングは次回。

spade リンク
Osho Zen Tarot : カードをひいてみることができます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コントロール

経血コントロール
これを習得したい。

今朝の体温 36.25℃
昨日おとといと
帯下が茶色がかっていたり
筋のような血液があったりして
ようやくリセットする模様。

…実は、3週間前とは別に
排卵の可能性が考えられる日がある。
高温期のわりに体温があがらず
36.5を数日維持したあと、
36.2に落ちた日があったのだ。
その前後はあまりまじめに
体温を測っていなかったのだけれど、
その数日後には36.7をマークして
そこから維持してきた。
もしこっちが排卵だとすると、
タイミング外してるだろうし
今日あたりちょうど2週間経過で
リセットも自然な流れだ。
排卵日の特定は難しい…。

そんなわけで
納得のリセット待ちなのですが
でも、ちょっと待って!!
前々から、今日は仕事が終わったら
近くの天然温泉に行こうと思っていたのです。
栓しちゃえばまあいいんですけど
あの膨張感があんまり好きじゃない。

ここで、経血コントロール登場。
ようするにお小水のように
経血も止めたり出したりできるらしいんですね。
むかしの、といっても
着物を着て暮らしていた頃
ほんの数十年前の女性は
みんな当たり前に出来ていたことだそうで

たしかに50年くらい前は
ケミナプなんてなくて
脱脂綿だったと母に聞いたことがある。

それより前は
無意識リリース&キャッチではなくて
意識的にリリースしていたわけです。
筋肉が発達していてこそできることですが
今も挑戦している人はいるみたい。

これって地球にも身体にも良さそうな
究極のエコロジー☆
なんとかマスターしようとひそかに練習中wink

たとえば、4日目以降、
家でお風呂に入るときは栓をしない。
案外大丈夫だったりするんですよね。
たまに失敗しても洗い場なので
流してしまいます(笑)
水圧も手伝ってくれるのかも?
やっぱり、日常生活で試すとなると
勇気がなくて、先は長そうですが。

今日の夜遅くまで
リセットは待ってね、my 身体!

◆参考サイト
◆mixiコミュ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やさしいきもち

周期37日目
はなはだあやしい排卵日からは
すでに18日経過
リセットの気配なし。
やっぱり不発だったかな。
体温は36.5前後と
中途半端を維持しています。

おとといあたりから
かるく胸が張っているので
先月に照らし合わせると
来週半ばにリセット?

先月は「まだかなあ」と
ちょっと焦ったりもしましたが
今月は不思議と落ち着いている。

自分でも妊娠は出来る。
だから、出来るときは出来る。
もし、出来ないのであれば
わたしの仕事は他にある。
そっちに集中しよう。

ようやくそんな心持になれた気がします。

理由は…

いろんなことを調べて、学んで、教えてもらって、
心と体と魂が結びついて。
それぞれの軌道修正もして。
ありのままの自分ぜんぶを
受け止められるようになったから。

…意味不明ですね。

うまい説明が見つかったら、
また書きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ドラキュラ生活

年が明けてから仕事に行けない。
自分しか出来ない仕事があって
逃げることは絶対出来ないのに
いままで延ばし延ばしにしてきた。
自分で自分を追い詰めてしまった。のかな。

朝は起きられない。寒いし、生活しようと思えない。
昼前にやっと起きて、午後からでも仕事に行こうと思う。
だけど行けない。
まず、着替えられない。服を決められない。
なんとか着替えても、外にでることを躊躇する。
消したPCをもまたつけてしまう。
日が暮れる頃になってやっと、その気になる。
もちろんそんな時間に仕事に行けるはずもなく
最低限の買い物に出かけるくらいだ。


日照時間と鬱病は関連があるそうだ。
以下、検索して出てきた「あるある大辞典」の内容メモ。
http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search2/aru29/29_4.html

鬱はセロトニンというホルモン物質の減少が関係する。
セロトニンを増やすには、
・1時間に1回首の運動をして、
 セロトニンを分泌する 脳幹のほうせん核を刺激する。
・脳が睡眠を促す物質を作れるよう、1日合計1時間以上
 光を目に入れて、深い睡眠をとり、セロトニンを溜める。
・原料の必須アミノ酸・トリプトファンを摂る。赤身の魚、肉、乳製品。
 トリプトファンは糖分と一緒に摂るとほうせん核に入りやすくなる。
 睡眠前のはちみつ入り牛乳がおすすめ。

さて、日の光を浴びたくないわたしは治りたくないのか?
昨日は、突然焼肉を食べたくなって、食べた。
普段ならほとんど興味ないのに。
今日は1日のほとんどを寝て過ごした。
身体はセロトニンを増やそうとしているのか?

明日は仕事に行きたいものだ。


閑話休題。
上記のあるある大辞典を読んでクリアになったこと。
わたしは、決めたことを遂げられないことにかなりストレスを感じる。
→うまく果たせらるよう準備をする。
→どんなに準備しても不完全な結果になることは多い。
→準備すらしたくなくなる。
こうしても、『なにもしたくない』になる。

セントロニンを増やす方法はわかったけど
この性質そのものをなんとかできないものだろうか。。。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

神の啓示はまだですか?

生活リズムがめちゃくちゃなせいか
体温もめちゃくちゃです。
今月は無排卵かもしれない。

どうやらわたしは
死にたいわけではないらしい
ということが判明。

ただ、こんなふうに生きていくのがいやなのです。

では、どんなふうに生きていきたいのかというと

さっぱりわからない。

ヤケ酒しても、吐くまで食べても、
泣き喚いても、八つ当たりしても、
独りで海外へ逃げても、わからない

ということは、経験上わかっていて
ということは、転職やら引越しやら離婚やら
生活環境を変えてみても、きっとわからないわけで

…変えるとすれば、わかってからでしょう?

「いい子」を心がけて
「成功者」になりたくて
ここまで歩いてきた。

でも、誤魔化せないところまで来てしまったのだ。

わたしはどんな人なんだろう?
それを探る毎日はしんどくて
今すぐにでも投げ出したい。けど
それほど愚かじゃないから、じっと耐えている。
じーっと、耐えている。

こうやって理屈で考えすぎているところからして
きっと違うのだろうなあ。


神さま
せめてヒントをくださいよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

試練は続くよどこまでも

トリプルブルーです。
ブルーの3倍重ねです。
てんこもりです。

ブルー1.雨
ブルー2.ブルーデー
ブルー3.不妊

PMSから復活してすぐに、また無気力になりました。

やってきた、ってことは、
できなかった、ってことですから、はい。

あと何回こんなことを繰り返すのでしょう。
あああ、まったく、自分にうんざりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)