カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

よそ者だから出来ること

関西、札幌、東京高尾
本拠地から離れたところで
バーズ需要があるので出向く

よそ者にしか言えないこと
よそ者だから伝えられること
受け取ってもらえることが
あるように思う

わたしが元来セカイを
遠く遠くからみているから
それが現実世界では
物理的距離としてフィットする
というところもあるかもしれない

この距離をたとえば
有名度だとかのステイタス
セッション料金のハードル
予約困難なレア度などで
代替することも可能だろう

あるいは相手からこちらへ
出向いてもらうのでも良さそうだが

わたしが、その土地に出向く
そのことにもたぶん意味がある
海のない土地へ風を運ぶように
そしてわたし自身のリセットのために

ラッキーを受け取る

目の前にやってきた
ラッキーに
手を伸ばせるかどうかを
決めるのは
自分がそれに値すると
思えるかどうか

その思いを支えるのは
日頃、どれだけ
自分に意識的でいるか
人事を尽くしているか
なのかもしれない

降って湧いたようなラッキーを
疑わずに、
怯まずに、
受け取るための自信は
一朝一夕では育たない

ファンデーションクラスで受け取ったもの

アクセスバーズファシリテーターの
更新に必要な条件を満たすべく
ファンデーションクラスに参加した。

せっかくなので
誕生日に重なる期間に開催される
グローバルファンデーションに
オンライン参加
そして、POPに3日間。

直前に受けた
脳幹ヒーリングとあいまって
色々なことを受け取ったし
まだ受け取り中なのだが

いちばん大きかったのは
ギャリー&デーンの
「世界を変える」スタンスへの共鳴

ああだからわたしは
アクセスバーズを手にしたのだし
続けてきているのだよなあ。
と、思いを新たにできた。

そして、ひとりでやらなくていいのだ。

世界各地からの参加者に触れることで
可能性のひかりを見ている人も
あきらめずに働きかけている人も
こんなに「たくさんいる」現実だとか
「世界がすでに変わってきてる」事実を
目の当たりにできた。

その感謝と安堵は
筆舌に尽くし難い。


とにかく怖い、ということ

得体が知れない
根拠のない
よくわからない
とにかくなんだか「怖い」

という感覚について
このところよく見聞きする。

毎日起きてから寝るまでずっと
理由なき怖さがつきまとうものだから
けっこう不快なんですよね

原因があって怖いのではなく
そもそも怖いという感情が私の中にあるから
いろいろな物事を怖く感じているような

なにかを怖く感じるということは
私はまだそれを正しく見られていないということだから

B116女王マブの話その1(怖さとの関係)
https://ameblo.jp/amarlie-kaori/entry-12442347255.html



わたし自身はこういう怖さを感じることがない。

麻痺させているのか
見ないふりしてるだけなのか

いずれにしても
怖い時は見方を変える、ということを
ほとんど無意識にやってきたように思う。

怖くない、受け入れやすい、心の落ち着く
見解・視点・捉え方を見つける。
怖いままにしない。
しておけない、という方が近いかな。

そうしたやり方で
事象や見えないアレコレには
怖さを抱えずにいられる。


そもそも
「怖さ」の根であろう
「死にたくない、痛みを感じたくない」
という感覚が希薄なのだとも思う。

生への執着が少ない
執着しないようにしている節がある。

おかげで
事象に対しての怖れは少ないが
よく似た怖れを
「肉体」に対して感じてきた。

まるで忠犬のような
「肉体」に対する
不信、遠慮、気味の悪さ

期間限定で与えられていることへの
怒りのような、哀しみのような、

いつか別れなければならないなら
これ以上仲良くならないようにしよう
という感じ。

大好きで大切
だから、近寄らない

そうした自分の傾向には
ずいぶん前から薄々気づいていたけれど

ここ1年くらい、自宅でひとり呑んでいて
記憶がなくなることが多発していることで

このままではなんだかわからないうちに
ほんとうに、肉体と別れてしまうかも。

そんなことを感じて
これはそろそろまずいだろう。
記憶をなくす=海馬が麻痺するほどの飲酒が
破壊衝動なのか自殺願望なのか快楽追求なのか。
寂しさを紛らわすためか、恐怖から逃げるためか。
原因はともかく
自分で出来る対処はやり尽くした。
なにか手立てはないか・・・

問いかけた時に
友達が始めた
「脳幹ヒーリング」が目に留まった。

その後すぐに
グローバルファンデーションに
参加したこともあって
ヒーリングの効果だけを
抜き取るのは難しいのだけれど

海馬が麻痺するほど
飲酒が止まらない、ということは
今のところ発生していない。

ほろ酔いの状態をたのしめている。
(以前はそれが不快だったように思う)

終戦時に友人と
メチルアルコールで乾杯して
ばったり倒れて亡くなったという
母方曽祖父のエンティティもあったかも?


それから、一斉ヒーリング&個別ヒーリングを
受けた翌朝の、寝起き間近に見ていた夢が

仕方なく飛び乗った乗り物(大型船やタクシー)が
想定外に動き出し、運ばれ、不本意で、
慌てふためいて、助けて!というもので
身体との関係性を示しているようだし

「助けて!」と言葉にするのは
夢でも現実でもかなり珍しく
言えてよかったなぁ。と思いながら起きた。


約1週間後のPOPで
ボディプロセスをしていた時には

身体のことを護ろうとしてきたけれど、
守ってもらえばいいのだな。と腑に落ちた。

そしてこれまで
ボディプロセスの施術側を避けてきたのは
ボディ側のハートを開く感覚を
避けてきたからだろうとも。

脳幹ヒーリングを受けたがゆえに
感じ取れたことだったように思う。


ヒーリングやファンデーションを通して
肉体との関係性や距離
死への怖れが
どう変化したのか
どう現実になっていくのか・・・
まだ未知数だけれど

ひとり山を歩いている時のような
のびのびとした、十全とした感覚が
日常に増えたらいいなあと思う。

(もう増えてきているのかもしれない)


ヤギ的みずがめ座によるアクセスバーズ

ゆじさんの自分の強みを知るシリーズより


水瓶座 A型 (太陽水瓶座 水星 山羊座)

本質的なもの、古き良きものや王道とされているものにご縁が深い傾向。
歴史的・伝統的ななにかを”新しいパッケージ”に包ませて、
価値観を一新させたりするプロデュース力・アンテナ力の高い水瓶座
https://ameblo.jp/uenopasiri/entry-12429643941.html

わたしが野口整体の流れをくむ
氣道協会で学びながら
アクセス(バーズ)を提供しているのは
ひとえにこの部分なのだと思う。

幾千幾万の臨床から導き出された野口整体と
チャネリングによってもたらされたアクセスバーズ

ヒトは『積み重ね』と『結果』を重んじる

アクセスバーズは
得体が知れないけれど
個々人に結果を残している

即座に改善したのでない限り
バーズの功績かどうか
定めることは難しいけれども

幾千幾万の臨床=過去に基づく
チャネリング=未知

猛烈なスピードで
インターネットありきな世界になっている昨今
こんなにも思考優位な
こんなにも視覚を酷使する状況に
置かれているとは
野口氏も予想できなかったのでは?

身体が全てを知っていること
身体を整えれば心がついてくること
意識がすべてを統べていること

そうしたベースを踏まえた上で

よりシンプルに
より手軽にカジュアルに
伝えるすべを探していたときに
見つけたのが、アクセスバーズ

ハンズオンヒーリングで
ベース(緩んだ身体)を作り
未来的とも言える思考
選択基準をインプットする

どんなに素敵な選択肢も
受け取れなければ
毒でしかない


愚痴)求めよと言われても

願望を書き出しましょうワークが苦手。

自分の欲なんかより
宇宙の意図を映写する
透明プロジェクターでいる方が
面白い風景がみられるに違いないと思って
ひたすらクリアリングに励んできた。

しかし去年あたりからか
「あえて、求める」
ということをやれ。と
言われ続けている

誰にって、宇宙に。と言えばいいのか
宇宙お任せ上映のサービス期間が終わったというか

求めることすらも
ゆるされている

誰かや何かを救おうとする必要はない
けれども、救おうとすることもゆるされている

なんのために?
たのしむために

もっとたのしいことを求めるなら
自分から働きかけなさい という感じ

まあしかしこれが
しんどくて
なんといっても
モチベーションが足りない

安穏として
退屈で平和で
そりゃもっとたのしいといいなと
しょっちゅう思ってはいるけれど

それだけではなあ

かといって
なんだったら動けるのか

我慢と緊張の蔓延した社会を
個人ベースでじわじわ確実に
変えていくため 

なんて大義名分もふとよぎるけれど

なんかたぶんもっと
小さいやつのほうがいいんだろう

この坂をのぼりきれば山頂
くらいの
シンプルなやつ

このまんま
なにもせずに
老いさらばえる自由も、ある

特段なにか働きかけることも
育てることもせずに
日々、青空と夕焼けと月を眺める暮らし。

それでもいい
生かされている
カスミを食べるでもなく
人間として暮らせている

退屈で持て余すあまり死を望みたくなったら
山でも歩けばいいわけで

そんなに難しくシリアスにならずとも
安穏としていればいい
罪悪感に駆られる謂れもない

毎日でもやりたいような
何としても死守したいような
好きなことは、特にないし
(強いてあげるなら飲酒か・・・)

できることを仕事にする
モチベーションも、特にないし

自分の能力、ポテンシャルを
発揮する場面を求めてはいるけれど
自分で舞台をしつらえるのは趣味じゃない

こんな自分を
あきらめて
許容して
飼い慣らすしかないのだ
少なくとも現段階では


以上、愚痴である。

愚痴は、変わらないもの
(相手、環境、待遇…)への文句。
どんなに不平不満を
よそに漏らしたところで
それらは変わらない。
そもそも自分以外のものを「変える」ことは難儀。
ならば、自分自身の受け取り方や
態度、立ち位置を変えるのが良策。

と、昨日の自分がツイートしているけれども

つまりあれだ
変わりたいけど変わりたくない
動きたいけど動きたくない
ということなんだろう。

呑気に愚痴っていられる境遇
愚痴は、平和の象徴なのかもしれない。

ワンオペ育児と社会の歪み

子供のいない既婚者であるわたしが
ワンオペ育児を起点につらつら考えた。

以下、昨日のツイートから

ワンオペ育児ってものすごい緊張続きで、
疲労が溜まるよなあ。無自覚に。
息抜く間もなく、寝ている間すらも、ずーっと続く。

ワンオペの孤独とプレッシャーって数値化したらすごそう…
共働きの方がその意味での緊張は少ないよね。
家にいる側だけに偏らないというか。
仕事での緊張があっても、お互い様で分かち合いやすい。
時間的ゆとりはないかもしれないけど金銭的ゆとりはいくらか増えるし。

そのプレッシャーだとか、
分かち合えない苦しさだとかは、
もっと気にかけられてしかるべきでは。周りも、本人も。

そもそも男性は、女性の抱えてるプレッシャーを理解しづらい。
生物の特性として女性は非力で、
生存を脅かされやすいという前提。
それなのにさらに弱い子供を
ひとりで守り育てるとか。無理ゲーでしょ…

サラリーマンと専業主婦の組み合わせで
育ったひとの多い自分たち世代の、
結婚率や出生率が少ないのは、
親を反面教師にしてるからだよなあ

なんだってこんなことが
まかり通ってきたかといえば
経済発展のためで、
おそらく敗戦の影響で。

しかしどっかで軌道修正しないとね。
それぞれの家庭から、小さくたしかに。
だれかの犠牲なしにまわらない社会なら、止まればいい。
社会のために人がいるんじゃない。人のための社会。

紅白がおもしろかった

紅白歌合戦
例年、飲み食いしながら見て
後半は寝ていることが多いが

目が覚めたタイミングで観た
MISIAがすごかったのと
桑田さんとユーミンの絡みが
実に、実に、かっこよくて

ちょっと情報をさらってみると
米津さんもなんだか評判が良さげで
一番オイシイところを見逃した感がすごかったので
録画を観てみた。前半も見直した。

とてもよかった。

いつも演出の細部が気になっても
流すしかなかったのだけれど
録画なら戻せる。これはいい。

そして今回の紅白はおそらく総合的に
とてもよかったのだとも思う。

なにが違うのか思い巡らしたところ
「紅白に出してやってる感」が影をひそめ
「出演者スタッフみんなで、視聴者をたのしませる」
そんな姿勢が感じられるような。

本来あたりまえで
まっとうにも思える姿勢だけれど
昨今のテレビ界、特にバラエティでは
すっかり歪んでしまっていて
制作側(スポンサー含む)の都合が
あからさまに優先されていたり
視聴者を見下しながらたのしませているようだったり

紅白がなぜそうなったか。
オットの見立てを借りると
うっちゃんを総合司会に採用したのは大きい気がする。
演出に絡むことを条件に引き受けたとしか思えない。

そもそも彼がNHKで冠番組を持っている事も
かつての印象からすれば
けっこう異色なことのような

香川さんの昆虫番組とか
筋肉体操、おげんさん
少し遡ればサラリーマンNEOとか
近年のNHKには
チャレンジ、遊び心があるような

視聴率のテコ入れで
苦肉の策だったのかもしれないけれど
それらが功を奏して
紅白に結実したのかもしれない

米津さんが直前で、中継でなら。と
出演OKしたことだとか

何より、北島さんの表情
ユーミンの乗り気っぷり

そりゃプロだから当然だし
見事なステージングで
ほんとすごかったんだけど
ほんとたのしそうで
とことんたのしませようとしていた

それを引き出すだけの受け皿が
NHK側にあったのではなかろうか

そういう姿勢、器、気持ちの部分は
どんなにカモフラージュしても伝わるものだ。
相手が一流アーティストならなおさら。

平成最後だから。というのが
きっかけであり
追い風だっただろうか

いいものを作ろう。
シンプルなその姿勢が
制作側と出演者の掛け算をもたらした
そんな風に思える。

カメラワークがグダグダなところがあったり
司会が言えてなかったり
審査員紹介が省かれたり?
アラもあるにはあったけれども

幅広い年代に向けて
いま話題のカルチャー
アーティストをはじめ
ダンサーやマジシャン
アニメやゲームまで含めて
満遍なく(無理矢理にでもw)
盛り込んで、1年の総集編に、
そして平成の総まとめから
来年以降への架け橋を目指してた。

よいもの観たな。と素直に思う。
ありがとうございました!


‪追記。
キーを下げるのは賛成派です。
曲の持ち味と、歌声の持ち味が
最大限にでる音程は、
変わらざるを得ないと思う。‬

闇の扱い

大きな成功をするひとは
エネルギー総量が多い

比例して闇も深くて大きい

その闇を
闇のままにするのか

闇のままに
身内に
他人に
ぶつけるのか

それとも
適切な処理や
はけ口を見つけるのか

たとえば
タバコはおそらく
闇を相殺するためだし

バトルのあるゲームでは
嗜虐性を発揮できる

闇を闇のままにしか
使えないうちは
成功は長く続かないだろう

闇はなくならない
光とセットなのだから
なくそうとしない
しっかり認めて抱えていく
ゆえにひとは優しくなれるのだ

確信に変わる時

自分が
漠然と
ぼんやりと
なんとなく
感じていることを
信じるのは
とても孤独。
それでも
ないがしろには
できない。
信じて
確かめて
繰り返し
確かめて
研ぎ澄ませていく。
外界から
それが
やってくるのは
臨界点に
達した時なのかな。
現実化。
答え合わせみたいで
とても救われる。
泣けてきたりする。
ほっとする。

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