カテゴリー「恋愛」の記事

たのしいほう

オットと再会して交流が深まった頃
結婚する見込みで付き合ってた元カレと迷って

たのしそうなほうを選んだ。

予測がつかないほうにした。

そしたら脱サラ画家になった(笑)

 
たのしいことになるのは
決まってるんだよ

疑わなくていい

予想外のことは起きるのだろう
心臓がとまるくらい驚くこと

びっくりして
うれしくて
こわくて
くたびれること

そしてまたそれにも慣れていくのだろう

結婚とエンパス/憑依

前記事で書いた、結婚の本質

パートナーという他人を、自分ごととして、
まるっと引き受けること は

つまり、パートナーシップの本質であり
自分と他者 の 関係性全般に
言えることのようにも思う。


それはひいては
みえない存在に対しても
言えることかもしれない。


わたし自身が数年前に
わたし由来とは思えない
男言葉が腹の底から出てきた経験があり

それはのちのち
どうやら、父の無念ではないかと
思うに至ったのだけれど

エンパスやHSPを自認するひとであればなおさら
身近なひとが抑圧している感情や衝動を
じぶんのものとして抱えていることは多々あると思う。


ここではないどこかに逃げたい、帰りたい願望なんていうのも
ショウカされずにただよっている誰かの感情かもしれない。

たとえば丁稚奉公、身売り、出征、疎開、出稼ぎ、単身赴任、、、
言葉にすることはおろか、思うことすら
みずからに禁じてきたひとは多かっただろう。


そうしたものを
みずからに取り込んだ目的はなにか。

それをショウカすることに
自身のメリットがあるはずだ。
(アタマはそれをメリットとは呼ばないとしても。)


じぶんのものではないと切り離し、
他者へ任すことで、胆力を鍛えたり

じぶんが引き受けることで
あらたなちから、可能性を得たり


使えるものは、使えばいい。
使われるために、それは、ここに来ている。


そんなつもりではなかった。
なにかの間違い。などと
言い続けたところで
それがすでに起きているのならば

それは、じぶんに与えられたもの。

「じぶん」の未来のために、ここに来たもの。

逃げ腰でいたら消耗するだけ。
どんなに厄介なものにみえても
まごうかたなきギフトのはずだ。

結婚の本質

(2015/07/08のTwitterより)

結婚の本質は
パートナーという他人を、自分ごととして、
まるっと引き受けることじゃないだろうか。

ここでの引き受けるとは
我慢でも支配でも隷属でもない。

どこまでも対等に、
時に取引をし、時に支え支えられ、
タッグを組んだり分担したり。

共通の理念をかなえるチームメイトだ
(太陽水瓶座的思想w)


団塊世代の結婚は、表向きはそうではなかった。
親世代とは異なる関係性を築いていく。
(親世代もまた、祖父母世代とは異なるかたちを築いたのだ。)


引き受けることがもたらすちから、可能性。
この面白さを知らないで終わるのはもったいないなあと思う。


自分ごととして他人を引き受けるってことは、
投げ出さないってこと。

かたちとして別居や離婚を選ぶことがあったとしても、
そこに信頼があること。見守る。ともに行く。

相手の尊厳は、つまり、自分の尊厳。
相手を貶めず蔑まない関係性を築き続ける。

永遠の片思い

独占欲

嫉妬

求めてやまない注目や承認や受容


それは永遠に得られない

ファザコンは死ぬまで治らない


ほんとうはいつだって

思っているよりはるかにたくさん

得られている


思っているのと違う形で。

オトコとオンナ2

提案しても却下される。
好きなカフェ
気になるイベント
おもしろい本
ことごとく、関心もってくれない。
それはつまり
わたしのことなんてどーでもいーんでしょ?

っていうのも
オンナによくある思考パターン。
わたしもやってた。

オトコは見てること
大事にしてることが
オンナとは違うから

いまそれを採用するのは
得策じゃない、と思ったら
問答無用で、排除する。

これが意識的に行われていれば
なんで?ときいたとき
納得いく理由がかえってくるけど
大半は、無意識でなされてるんだなこれが。

だから、だって興味ない。とか
今日は気が乗らない。とか
メンドクサイ。とか
ろくな答えが返ってこない。

オンナはイマココの幸せがいちばん大事。
オトコはライフパスのトータルをみようとする。

得策かどうか、の、判断スケールが
オンナよりずっとおおきい。

そして、なにをもって得策としてるかといえば
「守ると決めたオンナの幸せ」
それが自分の幸せで、プライド。

この感覚はオンナには無いから
理解しがたい。
にわかには信じられない。

感覚ないのはアタリマエ
身体のつくりが違うんだもん

だから、わかんなくていい。
そういうことなの?って
検証を重ねてみて。
そういうことだった!って
言わざるをえなくなるよきっと。
わたしがいま、そう言ってるみたいに。

オトコとオンナ

オンナがオトコを否定するのは
オンナがやさしいからに他ならない。

でも、そのやさしさが
そろそろ手狭になっているのです。

もうひとまわりおおきなやさしさに
書き換える時期なのです。

心配や
愚痴が
愛情表現として
通用したのは親世代まで

ただひたすらに
黙って従うのが
功を奏したのは祖父母世代

いまの自分に
相応しいスタイル
つくっていいんだよ

オトコに同情しない
ただ見守り応援する

「そんなこと、しなくていいのに」
「これで十分なのに」
「こっちのほうがたのしいのに」
余計なお世話、心配無用、遊んでるだけですから。
そういう遊び方が好きなんです。
ほっとてあげてください。

それじゃさみしい
つまらない
つながってる感じがしない
一緒にいなくてもいい気がする

まあいいからちょっと離れてみなよ
広々としたところで
好き勝手に歌い踊ってみなよ

オトコはちゃーんと、元気になるから。

付き合います。
一緒に暮らします。
結婚します。
そう決めて、そう動いて、そのままその関係性を続けている以上
オトコは揺らぐことなく、前に進むことしか考えてない。

オンナとは違うのだ。
いちいち、これはなに?
ほんとに、いまも好き?
嫌われてるのかも。
なんてところに
エネルギーを使わない。
自分がそうだから
相手もそうだろうと思い込んでる。
そのうえに、アグラかいてればいいのだよ。

オトコは
不安になったら
さみしくなったら
ちゃんと声をあげるから
サインを出すから
それまで
ほっといて大丈夫。

「はじめてのわくわく、どきどき、一緒にたのしみたいのに」

オトコはかっこつけたがり。
好きなオンナに、いいとこ見せたい。

それよりなにより
身の安全がいちばん大事。
好きなオンナ守れなかったら、本末転倒だからね。

こいつの前では
どんなアホやっても
笑ってもらえる、よろこんでくれるって
安心感が育つまでは
なかなか一緒に冒険してくれないけど
育っちゃえば
けっこう一緒にあそべるよ。

動物の寿命と
鼓動の速さは反比例

オトコの平均寿命は
オンナより短くて

てことはもしかしたら
時間の流れが違うのかも。

ペースがちがう
大事なこともちがう
見てるとこもちがう
そんなオトコとオンナが組み合わさったときの
化学反応
それこそが
エクスタシーかもね。

自立。愛し愛されること。

結婚10周年をむかえる春を前に、
自由婚 あるいは 自立婚
というものを、はじめてみた。

「家庭の将来」を考えない。
恋人ができても構わない。
相手のために我慢しない。

一言にするならば
「お互いの人生を背負い合わない」
というかんじ。

離婚なり、別居なり
した方がすっきりするのでは
とも考えたけれど

いまのところは
お互いがお互いに一番大切な人で
共に暮らすことがたのしくて
経済的メリットもある。

この人の子なら、
ひとりでも産み育てようと思える。

つまり、形を変える必要が
どこにも見当たらなかったので、
暮らしぶりはそのままだ。

変わったのは、心の持ちようだけ。

いくらかさみしい気持ちもしたけれど
いざ、そう決めてしまえば
なんだかとてもすっきりしている。

義務や慣習にしばられずに
ひとりの人としてオットを尊重しつつ
自分の人生だけに、責任をもてばいい。

こういう心持ちを、宣言するまでもなく
夫婦の共通認識としてもっていて、
実践している人もいるのかもしれないけれど

わたしたちは、「夫婦はもたれ合うもの」だと
どこかで思い込んでいるところがあり
勝手に背負って、勝手に苦しくなっていた。
助け合いと依存がごっちゃになっていた。

自分たちの関係性なのだから
自分たちが心地よければ
なんだってよかったのに。

そのことに気づいて
認識をすり合わせるまでに
ずいぶん時間がかかってしまった。

そのおかげで、信頼が深まったのであり
そのおかげで、関係を築けたのだから
なにが損で得とかいう話ではなく

いまこうしていられること
そういう人間に出会えたこと
関係を続けていられることに
感謝するほかない。

このさきも折々に
意識や形が変わっていくとしても
そのことに、不安はまったくない。
そのことが、とてもうれしい。

潜在意識解読で
わたしの今生の目標は
「自立。愛し愛されること。」だと
教えてもらったことがある。

すこし、近づけたかもしれないなあ。

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